第55話 お腹ぐうぐうおだんご大作戦

※物語の整合性を保つため、第54話に加筆しました。

本来もう少し後で書くはずだった内容を、前に持ってきました。

加筆箇所は『三日前の俺に直接会って感謝したいほどだ。』から『「「「「うおおおおぉぉぉぉ!」」」」』の間です。

ご不便をおかけし申し訳ありません。よろしくお願いします。






「それじゃあいっくよー!」


 アルコルの妙に締まらない掛け声を合図に、戦いの火ぶたが切られた。


「防御部隊は防御魔法の用意を! おだんご砲発射部隊はいつでも発射できるよう用意を! 援護部隊はおだんご軌道補正の準備を!」


 その刹那。


 魔族の一群から幾筋もの光線が発射された。


 斜め上方に発せられた光線は、放物線を描きながら俺たちの方を目掛けて降ってくる。


 同時に射出された火弾たちが、くさび型を形成して、かなりの速度で真っ直ぐ飛んでくる。


「「「「我々に降りかからんとする厄災から、我々を守りたまえ――【障壁】!」」」」


 防御部隊が声をそろえて唱えると、俺たちを囲うように何枚もの障壁が形成された。


 耳を聾するような衝撃音が何度も鳴り響き、辺りには無窮の火花が飛び散り、土埃が巻き上げられ、障壁はそれらの攻撃を見事に防いだ。


「僕も行くよー! ――【黒雷】!」


 そう唱えるアルコルの掌から、一筋の漆黒の雷が発せられた。


 周囲の光を吸収して空間を切り裂き、徐々に威力を増しながらこちらに迫ってくる。


「防御部隊は障壁を前方に集中させてください!」


 威力を増した雷が、地面を抉りながら目の前で待ち受ける障壁に凄まじい勢いで衝突する。


 その勢いで、先方に集中した防御部隊は数メートル後ろに押しやられた。


 それからも、じりじりと後ろに押しやられている。


 ピキッとガラスの割れるような音が、いたる所から聞こえてくる。


 このままではまずい。


「障壁を上方に傾けてください! このままでは障壁がみんな割れてしまいます!」


 防御部隊は歯を食いしばり、両腕に精一杯の力を込めて障壁を斜め上に傾けた。


 障壁の角度が変わったことで、かなりの力で障壁を押し込んでいた漆黒の雷は上方に逸れ、雲を突き破って天高くに上っていった。


「ちくしょー。あとちょっとだったんだけどなー。上手く力が出せないや」


 案の定、攻撃を受けた障壁にはひびが入っていて、魔王軍の戦力の凄まじさが窺える。


 丸二日何も食べていない中隊規模でこの威力だ。


 大隊規模でこの攻撃を受けていたら一たまりもなかったかもしれない。


「俺たちの番だ。腹が減ってんだろ? これを食ってみやがれ! おだんご砲発射!」


 俺が合図すると、新兵器――おだんご砲からまん丸なみたらし団子が次々と勢いよく発射された。


 俺が設計したこのおだんご砲、大砲を模した見た目で、装薬の代わりに魔力を用いて団子を発射するというシンプルな設計だ。


 援護部隊の軌道補正を受けた団子は綺麗な放物線を描いて、魔族たちの口に吸いこまれるように着弾した。中隊長アルコルの口にもしっかりと入ってくれた。


 この作戦、エルナが初めて人族の食べ物を食べた時の感動から着想を得たそうだ。その感動を前に、魔族は最早争う気力を失うらしい。


 そこに空腹状態という最高のスパイスを加えれば効果はより一層大きくなるはずだが、果たしてどうだろう。


 三日間何も口にしていないアルコルたちは、突然口内に降り込んできた団子を何の疑いもなく本能的に咀嚼している。


「――んっ! なにこれ……。こんなの……初めてだよ……。僕。こんなにおいしいもの食べたことないよ」


 数秒も経たないうちに団子を嚥下して興奮気味にそう語るアルコルは、顔を紅潮させる。


「うまい……うまいぞ」「何だよ泣かせんじゃねーよ……」「もう一個くれよ!」「こんなのいくつだって食べられるぜ!」


 他の魔族たちも気に入ってくれたようで安心した。


「「「「もう一個! もう一個! もう一個! もう一個!」」」」


 胸をなでおろしたのも束の間、魔王軍の間でもう一個コールが始まった。


 やはり効果は絶大だったようだ。


「もう一個おだんごが食べたいかー!」


 拳を目いっぱい高くつきあげて、興奮状態の魔族たちを煽るように尋ねる。


「「「「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」


 先ほどよりもずっと大きな雄たけびを上げる魔族たち。


 よっぽどおだんごが気に入ったのだろう。


「これを食ったら大人しく帰ると約束できるのなら食わせてやろう!」


 ここで素直に受け入れてくれると良いのだが。


「ふんっ。そんな要求、僕たちには到底受け入れられないね。精鋭ぞろいのアルコル中隊がこんなおいしいもの一つで篭絡される尻軽部隊だとでも言いたいのか?」


 腕を組んだアルコルが、あきれたように鼻で笑う。


 こんなこともあろうかと、俺たちは最後の一押しを用意している。


「それも今度のおだんごは、三連続発射だ!」


「みっ、三つになったくらいじゃ僕たちの心は変わらないよ」


 そんな彼女の半開きの口からはたらたらとよだれが垂れている。本心を偽りきれていない。


「「「「帰るー! 約束するー!」」」」


 必死で我慢するアルコルをしり目に脊髄反射で答える中隊員たち。


「んっ、まあ、かわいい中隊員たちがそこまで言うのなら仕方がないな。僕も鬼じゃないからね。仕方がないなあ。みんながそこまで言うならなあ……うん、仕方がない」


 そんな中隊員たちを傍らにして、自分に強く言い聞かせるように頷くアルコル。


 篭絡成功!


「よし分かった! 口を開けて待ってろよ! おだんご砲三連発射!」


 数百台のおだんご砲から、今度は三色団子が連続して発射され、放物線を描いて宙を舞う。


 発射されたお団子たちすべてが中隊員たちの口の中に着弾した。


 全員が口を大きく開けて待っていてくれたので、命中率は百パーセント。


「ぐすん……。こんなにおいしいものを食べられるなんて――僕、生きててよかったよ」


 アルコルは穏やかな表情で天を仰ぎ、瞳には涙さえ浮かべている。


 腰元の小さな翼は小刻みにパタパタと羽ばたいていて、今にもどこかへ飛び立ちそうだ。


 アルコルのほかにも、目頭が熱くなっている中隊員がちらほらいる。この反応からするに、お団子は本当に魔族が感動するほどうまいらしい。


 団子を名残惜しそうに嚥下したアルコルが、まだ足りないとばかりに指をくわえている。


「やったな」


 作戦が無事完遂されたと思われた、その時だった。


 突然、何か大きなものに圧せられるような、空間が歪むような感覚に襲われた。


 今にも叫びだしたくなるほどの、身の毛がよだつ恐怖を感じる。


 それも俺だけではないらしい。周囲にいる皆が、ぴたりと動きを止めている。


 得体のしれない恐怖に尻もちをつくものも現れた。

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