第54話 作戦当日
作戦当日。
今日にいたるまでの三日間、来る魔王軍襲来に向けて「お腹ぐうぐうおだんご大作戦」を完遂すべく念入りに準備をした。
人魔共存の実現に向けた重要な一歩になり得るこの作戦。失敗するわけにはいかない。
作戦実行のために必要になる新たな兵器は、必要になる射程をもとにして俺が設計図を描いた。
その設計図を参考にマヤが創造の杖でパーツを大量に創造し、この国の人々に組み立てを手伝ってもらった。
その数五百台。
マヤに一千台分のパーツを作ってくれと頼んだら、「あたしにも魔力の限界ってものがあるの。労基に訴えるわよ」と返された。
初日に見せてもらった手紙によると軍勢は一千らしいが、五百台で何とかしなくてはいけない。
ソーマ国軍兵士たちへの兵器の使用方法の説明は、当日指揮を執ることになっている俺が担当した。
作戦の命運を分ける協力者との交渉はエルナが担当してくれた。
ちなみにメアとミアの件をマリナに話したところ、エルナが守ってくれるのならと快諾してくれたらしい。
メアとミアが嬉々として俺のところに報告しに来てくれた。
それと、作戦当日に指揮官がくたくたのTシャツ一枚では国威の減衰につながりかねないと、ユヅキが指揮官にふさわしい軍服を用意してくれた。
軍服でありながらもいたるところに和の雰囲気が感じられてかなりカッコいい。
これを着たらステータスが大幅に上昇しそうな気がする……しないけど。
これを着た俺を見た魔族たちが俺に恐れをなして撤退することだってあり得る。
俺は今、人魔境界付近の草原にて、大勢の兵士たちを見下ろす指揮台に立って、王との謁見の時くらい緊張している。
「兵士たちのやる気を向上させるような挨拶をお願いします」などと直前になって言ってきたユヅキに視線を向けて助けを求めるが、返ってきたのは壮年男性のウインクとサムズアップだけ。
エルナやマヤに助けを求めようにも、二人とも後方でメアとミアと一緒に塁壁の中だ。
持ってきたござに座ってお茶を飲んでいる。
いいなあ。
「言いたいことをガツンと言ってやりなさいサト」
「私も応援してます!」
「いけサト」
「やれサト」
俺の視線に気づいた四人が激励してくれた。
やはり自分で何とかしなくてはいけないらしい。
「皆さん! 遂にこの日がやって来ました。今回の目標は敵勢の殲滅ではなく、負傷者を誰一人として出さずに魔王軍を撃退すること。俺たちが考案した『お腹ぐうぐうお団子大作戦』を絶対に成功させましょう。そうすればきっと目標は達せられるはずです。人族と魔族が手を取り合って生活できる世を目指して。皆さん、人魔共存の歴史に途轍もなく大きな一歩を踏み出しましょう! 我々が新たな歴史の礎を築くのです!」
「「「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」」」」
その場にいる兵士たちが、雄叫びを上げて応えてくれる。
なんとかうまく挨拶できたらしい。
この勇ましい声を聴いていると、なんだか俺の士気も向上してきた気がする。
「作戦陣形を形成!」
俺がそう言うと、兵士たちはそれぞれの持ち場についた。
あとは、魔王軍の到着を待つのみだ。
足を震わせながらしばらく待っていると、見たところ数百人規模の魔族の一群が遠方からこちらへ向かって歩いて来るのを確認した。
行軍はかなりゆっくりで足並みもそろっておらず、どの魔族も歩き方から分かるほど疲弊している様子だった。
「はあ……、はあ……。待たせたね人族! 僕こそが魔王軍幹部ミザールちゃん率いるミザール大体所属のアルコル中隊中隊長――アルコルだ!」
息を切らしながらも、腰に手を当てて胸を張り堂々と自己紹介をした少女は、アルコルという名らしい。
後ろで一つに束ねられた赤色の髪から、二本の小さな角がちょこんと覗いている。
遠くにいてよく見えないが、腰のあたりにある黒色のあれはおそらく小さな翼だろう。
「自己紹介が長いぞ中隊長さんよ。俺はサトだ! 回収者で指揮官のサトだ!」
新品の軍服の裾をばさりと翻しながら、指揮官らしく華麗な挨拶をして見せた。
我ながら、事前のイメージ通りにカッコよくきまった。
「にしても、お前らなんか少なくないか? 途中でなんかあったのか?」
マリナが見せてくれた手紙には一千人規模での行軍だと書いてあったが、アルコル中隊とかいうあれはどう見ても数百人規模だ
。せっかくおだんご砲を五百台も作ったのに。
「――っ! てっ、敵にそんなこと教えられるか! こっちは三日前から厄災続きで大変なんだからな! ミザールちゃんたちはその対応に大忙しなんだよ! 分かったか! 僕たちはここ三日何も口にしちゃいない。今にも倒れそうだよ! 何もしていないのに一気に貧乏になったやつの気持ちがお前たちに分かるか! 誰か僕たちに食べ物をく……!」
アルコルが俺たちに色々と話してくれていると、そばにいた兵士が大慌てでアルコルの口を塞いだ。
「危ない危ない、秘匿情報を全部話しちゃうとこだった。こんなんだから僕はいつまで経っても中隊長止まりなんだ……。ミザールちゃんはもう幹部だってのに……」
だんだんと猫背になっていくアルコル。
心なしか腰の翼も悲しそうに俯いて見える。
中隊長止まりのことをかなり気にしているらしい。
もうほとんど話してんだろ、とツッコミたいが、あの弱々しい立ち姿を見ているとこれ以上追い打ちをかけてはいけないような気がする。
だがこれで分かった。
エルナが依頼した協力者は、俺たちの予想をはるかに上回る力を
協力者への依頼は俺の思い付きで追加した要素であったが、追加しておいてよかったと心から思う。三日前の俺に直接会って感謝したいほどだ。
「ふっふーん! どうだいサトくん。貧乏神であるボクの全力はっ!」
そんなことを考えているうちに、どこからともなく現れてきたのは、貧乏神――フトホス・スキアー。
今回の心強い協力者だ。
「これだけ全力を出しても誰からも気づいてもらえなかったのは悲しいけど、今はエルナちゃんに見えるようにしてもらってるからそんなこと関係ないんだー。どう? ボク少しはたくましくなったかなー?」
「フトホスさん。今回はありがとうございました。おかげさまで作戦は順調ですよ」
「いやー、そんなに褒めても何も出ないぞー。エルナちゃんの頼みは断るわけにはいかないからね。ボクなりの恩返しさ」
脚を組んで、ハンモックに揺られているような姿勢で宙を漂うフトホス。
「あっ、それと、ミラちゃんからの伝言なんだけどね、『サトさんのお家でおいしいご飯を用意して、皆さんの帰りを待っています。くれぐれもお体には気を付けてください』だってさ」
「はあ……。ありがとうございます」
俺に神器回収の重責を擦り付けた女神――ミラ・ファートム。はじめこそかなり憎んでいたが、最近はいろいろ忙しいからか、その感情も徐々に希釈されていっている。
だが勝手に家に上がりこむのはやめてほしい。
「ふわあー…………久しぶりに全力を出したから眠たくなってきちゃった。でも楽しかったなー。もう一か所くらい回って……」
「今はぜひともゆっくり休んだほうがいいと思います」
フトホスがこの調子でもう一か所回ったものなら、その国は滅びてしまう。
「ボクの体を気遣ってくれるなんて、ミラちゃんは良い子を見つけたなあ。ご褒美をあげたいくらいなんだけど、あいにくボクは貧乏神……。しみじみ悲しいよ」
心底悔しそうに言いながら、フトホスは首根っこを掴まれた子猫のような態勢で俺の周りをぐるぐる飛び回る。
本当に神様なのだろうかと疑いたくなるほどに威厳がない。
「そんなに気に病まないでください。フトホスさんは神様らしく堂々としていてください」
「そうだね。これでも一応神様だからね」
「おいそこ! さっきから何くっちゃべってんだ! あれか? 僕の覇気が足りないからか? 僕が悪いのか? 中隊長どまりの僕が……悪いの……か?」
なんだかこちらが申し訳なるほどに瞳を潤ませて、アルコルが言う。
そばにいた兵士が、慌ててアルコルに駆け寄って、肩をやさしくさすっている。
「わぁ。ボクたち怒られてるみたいだよ。よし! 重要任務も果たしたことだし、ボクはそろそろ行くね」
「ええ、今回は本当にありがとうございました。またいつか遊びにいらしてください」
「いいねー。今からわくわくしてきたよ。また何かあったら呼んでねー。それじゃーねー」
そう言い残すと、両手を大きく振って、フトホスは空高くへ飛んで行った。
「でも! いつまでもくよくよしてられないよね。この戦いに勝って、僕も魔王様に認めてもらうんだ! 頑張れ僕!」
さっきまで泣いていたかと思えば、兵士に慰められたアルコルは自分を鼓舞するようにそう言って、頬をぺちんと叩いた。
彼女の情緒が心配だ。
「みんなー、準備はいいかい?」
「「「「うおおおおぉぉぉぉ!」」」」
魔族たちの猛々しい雄たけびが草原中にどよめき渡る。
それを聞いた俺たちの間には緊張が走る。
※2022/11/4(Fri.) 00:43 物語の整合性を保つため、一部加筆しました。
本来もう少し後で書くはずだった内容を、前に持ってきました。
加筆箇所は『三日前の俺に直接会って感謝したいほどだ。』から『「「「「うおおおおぉぉぉぉ!」」」」』の間です。
第55話については、日が昇ってから投稿します。
ご不便をおかけし申し訳ありません。よろしくお願いします。
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