第53話 湯あたり最高
「うぅ…………」
何だか悪い夢を見たような気がする。
おもむろに目を開くと、視界には人の顔らしき輪郭が二つ現れたが、ぼやけていて誰なのかよく分からない。
何度か瞬きした後、その顔にようやく焦点が合った。
エルナとマヤだ、何やら心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「あっ、やっと目を覚ましたわ」
「よかった。大丈夫ですかサト?」
そうだ、そういえば随分と久しぶりの温泉に浮かれて浸かりすぎた俺は、ユヅキの目の前で湯あたりして倒れたんだった。
「あっ、ああ、大丈夫だ。すまんな迷惑かけて」
そう言って身体を起こそうとする。
まだ頭がぼうっとするが、このまま二人を俺のために拘束しておくのも気が引ける。
元気になったところを見せて早めに自室に戻ってもらわないと。
「無理なさらずに。今は安静にしておいてください」
エルナはそう言って、起き上がろうとする俺の肩に両手を置いてそっと止めた。
「ところでエルナ」
「はい、どうなさいましたか?」
「もしかして、これはまた俺がやってくれって頼んだのか? すまないが今回もまったく記憶がない」
今、俺はエルナの膝枕の上に頭を置いている。
湯上りの良い香りに包まれている。
以前に【湧水】の訓練でぶっ倒れて以来の膝枕の感覚だが、その時の膝枕にはこれっぽっちも良い思い出がない。
今回も、湯あたりという窮地に追い込まれて理性がぶっ壊れた俺が不躾なことにエルナに膝枕を要求したのかもしれない。
二度目ともなるとさすがに頭が上がらない。
どうしよう、この後パーティ追放されたりするのかな。
「いえ、私が勝手に……。少しでも早く回復してほしかったので」
そうか……そうなのか。
それなら素直に喜んでもいいんだよな。
やったー! 夢の膝枕だー!
「以前気を失った時も同じように膝枕したのを思い出しまして。ご迷惑でしたか? でしたらすぐにどきますが……」
エルナは俺の顔を覗き込んで、どこか申し訳なさそうに尋ねてくる。
「いや、迷惑なんかじゃない」
むしろ嬉しい。
そう口にしたら絶対に引かれるので心に留めておくことにする。
「マヤ、喉が渇いた。水とかないか?」
「水くらい自分で出せるでしょ。あんまり甘やかしすぎてサトがヒモになったらたまったもんじゃないわ。エルナもあんまり甘くしちゃサトが勘違いしちゃうでしょ」
べっ、別に勘違いなんかしてないし。
マヤは案外厳しかった。
もう少し優しくしてくれても良いのに。
確かにマヤの言う通り水は【湧水】を使えば出せるのだが、
「マヤは自分の掌から出る水を飲みたいか?」
自分の体液を飲んでいるような感覚に陥ってしまうので、好んで飲みたいとは思わない。
「言われてみればそうね……。そんなの極限状態に追い込まれない限り飲みたくないわ。んもー! しょうがないわ。あたしが水を出したげる!」
マヤが創造の杖を軽く振るうと、俺のそばに水が注がれたコップが現れた。
「はい、冷たくしといたわよ」
「ありがとう」
「ほんとに人騒がせなんだから。エルナは大慌てだったのよ。柵の向こう側からユヅキさんの声が聞こえてきたときなんて、素っ裸で柵を飛び越えようとしてたんだから。ユヅキさんに抱えられて部屋に運ばれて来てからもずっとそわそわしてたし」
「マっ! マヤさん! それは言わないでください」
「もう言っちゃったもんねー」
「マヤさんだって、ずっとサトの手を握って心配そうな顔してたじゃないですか」
「……っ! そんなことしてないわよ。見間違えじゃないの!?」
「どうしてそんなに笑ってるんですかサト。全て嘘ですからね!?」
二人の会話を聞いていると、自然と頬が緩んできた。
たまには湯あたりするのも悪くないかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます