第47話 だいじょぶ
「さあ、こちらです」
そう言って俺たちをソーマ城本丸御殿内へ案内したのは大老――ユヅキ・オーツだった。
中肉中背の壮年男性で、細い瞳と両頬にある小さなえくぼからは親しみやすい印象を受ける。
「用意ができるまで、しばらくこちらでお待ちください」
入ってすぐの畳敷きの部屋に俺たちを通すと、ユヅキはそう言い残してどこかへ行ってしまった。
畳敷きの部屋に入るのはかなーり久しぶりだが、やはりこうやってい草の香りに包まれて
同じくリラックスしているらしいマヤは両足を伸ばして座っている。
エルナはというと、どこか落ち着かない様子で視線を落として正座している。
部屋中を見回していると、ふと、壁に掛けられている意匠の凝らされた掛け軸が気になった。
その掛け軸には走り書きで『ハーレム最高!』と書かれている。
それも日本語で。
「ねえサト、あれって場違いじゃないかしら。なによハーレムって。ああいうのってふつう夜露死苦とか既読無視みたいな四字熟語でしょ」
同じく違和感を覚えたらしいマヤが掛け軸を指さしながら俺の肩をたたく。
「だな。あと夜露死苦は当て字だからな。それに既読無視を四字熟語として認めるのはかなりの抵抗があるぞ」
こうも落ち着く環境にいると、ツッコミもうまくきまらない。
「ああ、それですか」
俺とマヤが不思議そうに見つめていると、いつの間にやら俺たちを呼びに戻って来ていたユヅキが入口の襖に手をかけて言った。
「それは初代君主――リョータロー・ソーマ様の御代から伝わるソーマ家の家訓です。見た事のない文字で書かれていますが、『人は孤独のうちに死ぬよりもたくさんの人々に囲まれて死にゆく方が幸せだ』という意味であると伝えられています。リョータロー様は何より他者との繋がりを重んじておられたのです。たとえそれが魔族であっても」
そうですか。
「それでは用意が整いましたので、こちらへ」
いつの世も人間の考えることは変わらないんだな。きっとリョータローも、手すさびに己の喜びを書いたものが家訓になるなど、思いもしなかっただろう。
それにしても、うまくごまかしたものだ。
そんなことを考えながら、先を行くユヅキにしばらく着いて行っていると、ユヅキは大きな襖の前で立ち止まった。
「君主――マリナ・ソーマ様はこの先におわし給います」
「大丈夫か、エルナ」
すぐ隣で俯いているエルナに声をかける。
胸の前で合わせた手が小刻みに震えている。
「ちょときんちょしてましゅがだいじょぶでちッ」
隠しきれていない。
ちょっとどころじゃない。
エルナはこの上なく緊張している。
「エルナ、こんな時はリラックスよ、大きく息を吸って少し長く吐くの」
コルネリアスとの謁見で緊張しすぎて意識を失っていたマヤだが、驚くことにアドバイスは的確だ。
「すううううぅぅ……。はああああああぁぁぁぁぁ。……本当だ、少し心が落ち着いた気がします。この先にいるのはマリナ様であってマリナでないのだとは分かっているのですが、どうしても緊張してしまって……」
「お三方とも、用意はよろしいですか?」
襖のそばで静かに待ってくれていたユヅキがそっと尋ねてくる。
「「「はい」」」
「マリナ様ー! サト・ホシカワ様ご一行がいらっしゃいました」
俺たちの返事を聞いたユヅキは、襖の向こうにいるというマリナに呼びかける。
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