第46話 ただいま城門前

「なあ、エルナ。この国を建国したのは確か異世界からの転移者だったよな」


 歴史の教科書でしか見たことがないような日本の城下町を彷彿とさせる街並みを見回しながら、俺は一歩前を行くエルナに問いかけた。


「ええ、救世主のソーマ・リョータローさんが建国なさったんです」


 エルナが、進行方向横にある団子屋の方を向いたまま答える。


 団子が食べたいのだろうか。


「だからこんなに和風なのね。お城が和風なだけじゃなくて、歩いてる人もみんな和装だから驚いたわ」


 マヤも俺と同じ疑問を抱えていたらしい。


 すっきりしたような顔で深く頷いている。


「そうなんです。おいしそうでしょう」


 目の前を通り過ぎてもなお、振り返って団子屋を凝視しているエルナが上の空で答える。


 団子に気を取られすぎてもはや会話が成立していない。


「食べたいのか? 団子」


「え、あ、はっ! いえいえいえ! そんなことはありません。今日はそのために来たわけじゃないですし。もっと大切なことが……」


 ――グウウウゥ


 エルナの腹がなった。


 目は口ほどにものを言い、腹は目よりもものを言うらしい。


 慌ててお腹に手を添え、視線をさまよわせている。


「あっ、えっと、これはその、なんといいますか……」


「あたしは食べたいわ! お昼ご飯まだなんだし丁度いいんじゃないかしら」


「そうですね! マヤさんがそう仰るのなら、私も反対は出来ません」


 故意か無意かは知らないが、マヤの出した助け舟に一目散に飛び乗ったエルナ。


「エルナのお腹もグゴオオオォォゴロゴロゴロー!! って鳴ってたことだし、はやく食べましょ」


 その助け舟があえなく沈没するという数奇な運命にあることも知らないで。


「ふぃぁぁぁあああ……」


 頓狂とんきょうな声をあげ、うつろな目でマヤのほうに顔を向けて後ずさりする。


 青ざめた顔がみるみるうちに赤くなってゆく。


 そのまま顔を紅潮させてしばらく狼狽えていたエルナの手を引いて、俺たちは団子を注文した。


 なんとか正気を取り戻したエルナはみたらし団子、エルナのことなど対岸の火事で一目散に団子屋へ駆けていったマヤはあんこの乗った団子、エルナに優しい言葉をかけ続けた殊勝な俺は三色団子を食べた。


 思っていたよりかなーりおいしかった。


 味といい食感といい非の打ちどころがない。


 所詮は異世界のバッタもんに過ぎないと見くびっていたことを深く反省した。






 そして、俺たちはようやく東部ソーマ国の中心部に聳えるソーマ城にたどり着いた……のは良いのだが、早速マヤが門番と揉めている。


「先ほどから何なんですかあなた!」


「何って何よ! 早く質問に答えて! どうしてこれが使えないのって聞いてるの! ほら、入城フリーパスよ! まさか見たことないの!? さっさとあたしたちをフリーでパスさせなさいよ! ねえ!」


 眉間にしわを寄せて、まるで威嚇する子猫のような表情で、困り顔の門番にコルネリアス王城入城フリーパスを突きつけている。


 何を思ったのか、ソーマ城に到着した途端、門番に名乗りもせず無言でフリーパスを提示してからずっとこの調子だ。


 ここまで白熱していては仲裁に入ろうにも入れない。


 もっと早い段階で留めておくべきだった。


「だーかーらッ! さっきからずっとそれは使えませんて言ってるでしょうが! なんですかそれ!」


 それはそうだろう。


 コルネリアス王城の入場パスがソーマ城で使えるわけがない。


 今のマヤは、動物園の入場券で水族館に入れないことに憤って喚き散らしている迷惑客のようなものだ。


「分かったわ、何が欲しいの? 何でも言ってみなさい。そーちゃんと創ってあげるから」


 この国の君主から指名されて来たのだし、名乗ってしまえばすぐに入城できるだろうに。


 頑固なマヤはどうしても入城フリーパスで入城したいらしい。


 遂に門番を懐柔しようとし始めた。


「何もいりませんから! お願いです! いい加減帰ってください!」


「いやよ!」


 あの門番には深く同情する。


「帰れ!」


 ついに我慢の限界を迎えた門番が、手にした槍を地面に強く突き立てて声を荒らげた。


「…………。な、なによ……ちょっとくらい入れてくれたっていいじゃないのよ」


 マヤはしばらく押し黙って、分かりやすくいじけた。


 見かねたエルナが駆けて行ってそっと背中をさすっている。


「うちのパーティメンバーが申し訳ありません。実は俺たち、君主様に呼ばれて来たんです。こちらがエルナ・トレナールとマヤ・クロエ、俺はサト・ホシカワです」


 肩で息をしている門番に最大級の謝意を伝えるべく深く頭を下げる。


 そばで項垂れているマヤの襟をつかんでマヤにも頭を下げさせる。


「そ……そうでしたか。そのお名前は聞き及んでおります。大変申し訳ありません。皆様がマリナ様がお呼びになられた賓客だとはつゆ知らず……」


「門番さんは何も悪くありませんよ、悪いのはマヤとマヤを制止できなかった俺です」


 どうなるのか少し興味があるからしばらく様子を窺ってみようと思ったことを後悔している。


「どうか、どうかどうかッ! とんだご無礼をお許しくださいいぃぃ!」


 そう言うと門番は額を地面にこすりつけて叩頭した。


「そんなに深く頭を下げないでください! サトに聞いたことがあります。その格好は最大級の謝意を伝える格好――ドゲザだと。私たちは怒っていませんから気になさらないでください!」


 地面に張り付いていて鉛玉のように重たそうな門番の頭を持ち上げようとするエルナ。


「おいマヤお前も謝っとけよ。このままじゃ大人げないぞ」


「まだ大人じゃないし! ……でも、あたしも無理言って悪かったわ。ごめんなさい門番さん」


 マヤは、エルナに支えられて辛うじて立っている門番にペコリと頭を下げる。


「それでは、俺たちを中へ通していただけませんか」


「は、はい! 直ちに!」

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