第48話 再会
「通しなさい」
大きな襖の向こうから、老年の女性のものと思われる声が聞こえてくる。
それと同時に、目前の襖が左右にゆっくりと開いた。
襖の先には、畳敷きの大広間が広がっている。
奥にある高座に、脇息に寄り掛かって座る白髪の老女の姿があった。
その首元には、大きな翠色の宝石がきらきらと煌めいている。
「……来てくれたのね、エルナ」
エルナの姿を目にした途端、老女は瞳に涙を浮かべておもむろに脇息から身を起こした。
大粒の涙が、顔に刻まれた皺を伝う。
「マリナ、マリナなのですか? 私の友達の、マリナなのですか?」
一度目をこすってから大きく見開いたエルナは、一歩、また一歩とマリナのほうへと歩み寄ってゆく。
老女の顔を確かめるように、一歩、また一歩と。
「久しぶりね」
老女も、いてもたってもいられなかったのだろう、腰を上げて高座から慎重に足を下した。
曲がった腰に手を添えて、前のめりになりながら、エルナを目指してゆっくりと歩を進める。
今、俺たちの目の前にいる老女は、エルナが俺たちに話してくれたマリナだった。
エルナにできた、初めてで唯一の友達だったのだ。
そのまま二人は八十年間の空白を互いに埋め合うように、広間の中央でかたく抱き合った。
無言のまま、小刻みに揺れるエルナの背中を優しくさする皺深いマリナの手。
俺の隣からはマヤが鼻をすする音が聞こえる。俺も目頭が熱くなってきた。
だが、エルナの話によるとマリナはとっくの昔に死んでいるはず。
それがどうしてこんなところに。
「私、嬉しいです。だけど、どうして……」
マリナの首筋に顔をうずめたまま、エルナは声を震わせる。
「助けてくれたのよ。エルナが」
そう言って一歩下がると、マリナは首にかけた翠色の宝石を大切そうに握った。
「それは……」
「エルナがくれたお守りよ。あの日、ふと目が覚めたら辺りは真っ暗で、空一面に星々が輝いていたの。それと同じくらい、この宝石も輝いていた。きっと、エルナが私のことを守ってくれたんだって思ったわ。だからずっと言いたかったの、ありがとうって」
両手で包み込むようにして持った宝石を見つめながら、マリナは穏やかな口調で話す。
こげ茶色の瞳を子供のように輝かせて。
「それでもあの時、私はマリナのことを酷く苦しめました。ごめんなさい……ごめんなさい。私が弱かったばかりに……」
「そんなに泣かないの。私はここにいる。エルナはいつでも私の味方でいてくれたじゃない。そう、あの時だって」
「恨んでいないのですか? 私のこと」
「恨むわけがないじゃない。誰が何と言おうと、私はエルナが大好きなの。だからあの日からもずっと、いつもの場所に通ったわ。ひょっとしたら、いつか来てくれるんじゃないかって。ミアとメアからあなたの名前を聞いたときは、心が躍るような気分だったのよ」
「マリナ――。私もマリナの顔を見たときはすっごく嬉しかったです」
「これからも、友達でいてくれるかしら?」
「はい、もちろんです! これからも、ずっとずっと……友達です」
エルナは両手で涙をぬぐった。
その後ろ姿からは、これまでのような弱々しさはすっかり消えてなくなっていた。
「よかったです、ようやく過去の私を迎えてあげられたような気がします」
こちらを振り返ったエルナは、俺とマヤに向けて笑いかける。
喜びと安心に満ちたような、一切陰りのない笑顔だった。
「よく頑張った。よかったな」
「やったわね! さすがエルナ」
俺とマヤは、エルナに向けてサムズアップした。
ふと隣を見るとユヅキが「よかった、よかった」と声を押し殺して号泣していた。
忠臣だな。
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