第44話 決意の夜

 戦闘訓練中、エプロン姿のマヤに「夕ご飯よ。さっさと座りなさい」と呼び出されたので来てみれば、目前にあるは質素でありながらも一切物足りなさを感じない実においしそうな馴染み深い料理の数々。


「マ……ヤ……これはまさか」


「こっ、これは……」


 少し遅れてやってきたエルナも、食卓の前に呆然と立ち尽くしている。


「ふふーん。そうよそのまさかよ。今日の晩御飯は懐かしの和食よ! ねっ、そーちゃん」


 自慢げに、そーちゃんこと創造の杖を崇めよとばかりに高く掲げる。


 普段は家事なんてしないマヤがいやに自信満々に「今夜のごはんは私に任せてちょうだい」と言ってきたので恐る恐る任せてみたが、正解だったようだ。


 まさかこの世界で和食が食べられるなんて。


 そーちゃんに感謝。


 マヤにも感謝。


 間接的にミラにも感謝していることになるが、今は気にしない。


「おにぎりにお味噌汁。お漬物に卵焼き! 私が好きなものばかりです。さあ皆さんも座って一緒にいただきましょう」


 いそいそと席に着いたエルナが翠色の瞳を煌めかせている。


 和食がよっぽど好きなのだろう。その気持ちはよーく分かる。


 みんな揃って席に着いたところで、エルナが姿勢を正して口を開いた。


 つい先程までの嬉し気な顔とは打って変わって真剣な面持ちだった。


「サト、マヤさん。こんな私を受け入れてくださってありがとうございます。私、お二人の姿を見て決心しました。行きます。東部ソーマ国に」


 はっきりと言ってまっすぐ前を見つめるエルナの瞳には、決して揺るがすことのできない強固な決意がみなぎっているように感じた。


「本当にいいのか? だって東部ソーマ国は……」


 エルナが頑なに東部ソーマ国へ行きたがらないのには何か理由があるのだろうとは感じていた。


 けれどその理由があれ程までに悲惨なものだとは考えもしなかった。


 治安が悪いとか、凍えるほど寒いとか。その程度の理由だと思っていた。


 だから俺は明日、東部ソーマ国行きの話を断るつもりでいた。


 あんなに悲惨な過去と無理に向き合う必要はないと思った。


 八十年間、たった一人でその過去を抱えてきただけで十分だ。


 だが、エルナは違った。


「以前、ダンジョンでミアさんとメアさんの口からマリナという名を聞いた時には驚きました。もしかしてマリナはどこかで生きているのかもしれない、と期待もしました。この期待が現実であってほしいと強く願いました。そしてずっと、この期待にすがっていたかった。しかし過去は変えられません。私は確かに彼女を殺めてしまいました。東部ソーマ国へ行ってしまうと、長い間忘れようとしてきた現実と向き合わなくてはいけない。大嫌いな過去の私と向き合わなくてはいけない。そう思うと怖かったんです」


 落ち着いた口調で話すエルナは大きく息を吸って、続ける。


「だからと言って、いつまでも過去から逃げている訳にはいきません。私が過去の私を受け入れてあげないで誰が受け入れてくれるのでしょう。過去の私を取り残したままでは『私』は私ではありません。周囲の目を恐れずに、サトとして、マヤさんとして、私をパーティに迎えてくれたお二人を見て思ったんです。私も私でありたいって。私は私として、約束を果たしたいって。だから私は、過去に置き去りにしてきた私を迎えに行きたいのです。すみません、いきなり何言ってるのか分からないですよね」


 エルナはきまり悪そうにはにかんだ。


 その顔は、どこか晴れやかにも感じられる。


「強いな……お前は」


 そんな姿を見ていると無意識のうちに心の内が漏れてしまった。


「ううっ……あたしも応援してるから! ずっと応援してるからね! うううっ……」


 いつの間にか目を真っ赤にさせていたマヤが、涙を拭いながら言う。


 矢継ぎ早に創造の杖でティッシュを創造して鼻をかんだ。


「ありがとうございます。少しお話し過ぎてしまいましたね。さあ、今度こそいただきましょうか」


「おう!」


「そうね!」


「「「いただきます!」」」


 食卓一面に所狭しと並べられた料理の数々は、あっという間になくなった。

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