第43話 二つの笑顔

「そういうことなんです。私は一度、確かにこの手でマリナを殺したんです。それなのにいまだに人族と魔族の共存を夢見ている。傲慢ですよね。自分でも分かっています。ですが、私は彼女との約束を果たしたいのです」


 エルナは俺たちにすべてを話してくれた。


 あれ以来様々な国を渡り歩き、魔族であることを隠して人族の冒険者たちと行動を共にしたこと。


 どのパーティでも、無詠唱で防御魔法を使うなどして魔族であることがバレると、すぐに追放されたこと。


 そうしてコルネリアス王国に来たとき、エルナのことを応援してくれるギルド受付のリアさんと出会い、俺のことを紹介されたこと。


 今でも人族と魔族の共存を目指していること。


 すべて包み隠さず話してくれた。


「エルナ……」


 話を聞いたマヤが気遣わしげに呟く。


「二本の平行線の上をどれだけ一生懸命走ろうとも、二人は決して交わることはできません。どちらか片方が歩み寄ろうとしても同じです。一度交わってもすぐに離れて行ってしまう。だから、お互いが寄り添おうとしない限りは、人族と魔族の共存はありえないことなのです」


 エルナが椅子に腰かけたまま、声を震わせながら言う。


 人族と魔族の間の軋轢あつれきは、俺が想像していたよりもはるかに大きいようだ。


 唯一の友人との別れを経験し、何度パーティから追放されてもなお挫けないエルナの志の強さには感服する。


「長い間、ありがとうございました。サトは面倒臭がり屋に見えて実はとても仲間思いで優しくて、マヤさんはいつも笑顔でパーティを活気づけてくれて、色々なものを作って見せてくれてとても楽しかったです。私はお二人ともが大好きです!」


「待てよエルナ」


「もう少しだけ、あと一日だけでも長くこのパーティで過ごしたい。そう思いながら毎日生活してきましたが、残念ながら今日でお別れのようですね。長い間騙して、ごめんなさい。短い間でしたがお二人と過ごした時間は夢のようでした。本当にありがとうございました」


 翠色の瞳を潤ませてそう言い切ると、エルナはにこりと笑って見せた。


 いびつな形の口元に大粒の涙が溜まったまなじり


 それが作り笑いであることは一目瞭然だった。


 マヤがエルナの隣に腰かけて優しく背中をさすっている。


 普段はあんなに前向きなくせにこんな時に限って弱気なエルナを見ていると、言いたいことが込み上げてきた。


 ここに転移してくる以前から熱血系の人間というのは苦手だったが、はたから見ると今の俺はまさしくそれだ。


 拳を固く握りしめて、大きく息を吸う。


「諦めるのかよ! せっかく見つけた大好きなパーティをそんなに簡単に諦めるのかよ!」


 別に怒っているわけではない。


 筆舌に尽くしがたい感情だが、とにかくこれだけは伝えておきたいのだ。


 何も言えないままエルナと別れてしまうと絶対に後悔するから。


「ですが私は魔族で、お二人をずっと騙してきたんですよ。こんな悪者が……」


「魔族がなんだよ。俺たちはまだ何も言ってないぞ。それとも俺たちのことを、パーティメンバーが魔族だったからってすぐに追放するような薄情者だとでも思ってんのか?」


 確かにエルナが魔族でしかも魔王の娘だったことにはかなり驚いたし、そのことをパーティメンバーである俺とマヤにずっと隠していたことに心疚こころやましさを感じないわけではない。


 ただ、俺にはエルナをパーティから追放するつもりなど毛頭ない。


 マヤも同じだろう。


 エルナが魔族であるという事実は、俺たちが彼女と過ごしてきた時間に比べれば塵のように些細な問題だった。


 つまり、それだけで彼女のパーティ脱退を認める理由にはなり得なかった。


「いえ……決してそのようなことは」


 エルナが眉尻を下げて、俺の方へ突き出した両手を首と一緒に大きく振る。


「それならどこにも行くなよ。一人で全部抱え込むなよ。俺たちパーティメンバーだ……」


「そうよ、あたしたちパーティメンバーでしょ? エルナの悩みはあたしたちの悩みなの」


 こんな場面でも最後まで言わせてもらえない。


 ミラは、俺に主人公らしい台詞せりふを最後まで言い切れないスキルでも付与したのだろうか。


「しかし、私が魔族であることを知ったうえでパーティを組んでいるとなると、お二人が周囲にどう思われるか分かりませんし……」


「そんなこと気にしてたらお前が魔族って知った時点でとっくに追放してるだろうさ」


 長い間一人のパーティメンバーも集まらずにいた俺のもとを、エルナが訪ねてきてくれた日から、俺の異世界生活は大きく動き始めた。


 エルナがいなければ、俺は今こんなに充実した異世界生活を送れていなかった。


 大変なこともあるし、命も奪われかけたが、この世界に転移してくる以前の生活よりずっと楽しい。


 本人に言うのは恥ずかしいが、エルナは俺のことを退屈な日々から救い出してくれた天使のようなものだ。


「あたしはこれからもずっと三人で一緒にいたい。それだけよ」


「サト……。マヤさんも。いいんですか……私もお二人と一緒にいていいんですか?」


 エルナが若干困惑したような表情を浮かべて、上目がちに尋ねてくる。


 俺たちに引き留められるなんて考えもしていなかったのだろう。


「良いも悪いも、このパーティはお前がいなくちゃ成り立たないからな。俺からお願いしたいくらいだよ」


「そうね! 私ひとりでサトを守るなんて無茶よ。それにエルナがいなくなっちゃうと寂しいわ。二人きりになるとサトに何されるか分かんないし」


「何もしねーよ! 俺はお前にとってどんな存在なんだよ。詳しく聞かせてもらおうか」


「うぅ……えっと……そういえばサト、今日はいい天気よね!」


「確かに天気はいいが……ちがーう!」


「まっ、まあまあお二人とも落ち着いてください」


 見かねたエルナが仲裁に入ってくる。


 エルナに止められたことだし、今日はこのくらいにしといてやろう。


 命拾いしたな、マヤ。


「うふふふ。やっぱり私、このパーティが大好きです!」


 エルナは顔をしわくちゃにして満面の笑みを浮かべる。


 紛う方なき、本物の笑顔だった。

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