第38話 “約束”
エルナは翌日も昨日の場所に足を運んだ。
その次の日も、またその次の日も。
雨の降る日以外は必ず。
毎日何かしらの訓練がある昼間に抜け出すと魔宮殿内が大混乱して魔王である父親にこっぴどく叱責されるので、訓練が終了する日暮れごろから夕食までのわずかな時間を縫って抜け出すことにしていた。
この方法なら父親に気づかれず、エルナは毎日侍女を眠らせるだけで済む。
また、人族と時期魔王候補が一緒にいるところを誰かに見つけられると魔界中が大騒ぎになるため、エルナは顔を覆い隠せるほど大きなフードがついたローブを着用することにしていた。
二度目以降は、一度訪れたことのある場所へ瞬間的に移動できる中等魔法の【転移】を使うことができたので、魔宮殿から抜け出すのにはそれほど苦労しなかった。
そうして二人がこの場所で会うようになってから数か月が過ぎた。
扁平とした真っ赤な太陽が地平線のかなたに沈みゆく頃。
二人は今日も人魔境界付近の草原に座って話していた。
「今日は何を持ってきてくれたのです?」
「今日はみたらし団子だよ」
「みたらし団子ですか! 私それ大好きです!」
「エルナ、私が持ってくるもの全部大好きって言うじゃん」
「仕方がありません。すべておいしいのですから」
事実、エルナの好物はおにぎりをもらった日以来、新しい食べ物に出会う度に続々と追加され続けている。
魔界の料理などすでに圏外だった。
「その前にほら。いつものお返しです」
エルナはマリナの手を取って、その小さな掌にそっとペンダントをのせた。
翠色の宝石が一粒あしらわれたペンダント。
会う度に必ず美味しい食べ物を持ってきてくれるマリナに対してのお礼だ。
マリナは喜んでくれるだろうか。
エルナは恐る恐る隣に座るマリナの顔を見た。
「わあ……。すごく綺麗! エルナの目と同じ色だ」
マリナは瞳を輝かせて、ペンダントについた宝石を、沈みかけの太陽に透かした。
「魔族に伝わるお守りです。自分の瞳と同じ色の宝石に自分の魔力を込めたものを使用した装飾品を送るんです。身に着けている者の身に危険が迫った時、不思議な力が守ってくれるという言い伝えがあるんですよ」
「ありがとう、私すご――――――――――――――――――――くうれしい!」
マリナは貰ったばかりのペンダントを首にかけ、顔をしわくちゃにさせてそう言うと、その場に両手を広げて寝転んだ。
「マリナが喜んでくれたのならよかったです」
贈り物を作るのにはかなり時間がかかったが、マリナの笑顔を見ると全て報われた気がする。
気に入ってもらえてよかった。
「ねえ、エルナ――」
マリナが空を仰いだまま、くぐもった声で呼びかける。
「どうしました? そんなに浮かない顔をして。マリナらしくありませんね」
「人族と魔族は、今までみたいな争いをやめて仲良くできると思う?」
しばらくの間をおいてマリナが口を開いた。
「……難しい質問ですね。どうして藪から棒にそんなことを?」
「実は私の父上は救世主なんだ。東部ソーマ国っていう国の君主でもあるの」
「救世主、聞いたことがあります。以前お父様が話してくださいました。我々魔族の邪魔をする存在であると」
「……そうなのね。父上は人族と魔族が仲良くできる世界を望んでるんだ。だから、魔族は怖くないんだって私に教えてくれたの。だから、エルナとも仲良くなれたの。だから――」
「仲良くするのは難しいでしょう。仮にできたとしても、時間はかなりかかります」
「やっぱりそんなに簡単なことじゃないよね――」
「ただ、私は仲良くしたいと思っています。人族の友達ができて分かったんです。人族と魔族はほとんど変わらないんだって。一緒にいると楽しいんだって」
「ほんとうに?」
「ええ本当です。お父様には言えませんが、私が魔王になった暁には人族との協和を目指します」
そう言ってエルナは、マリナに右手の小指を差し出した。
それを見たマリナは微笑みを浮かべ、おもむろに身を起こしてそこに小指を絡ませた。
「約束です。私たちで、魔族と人族が手を取り合って生活できる世界をつくりましょう」
「うん!」
「「ゆーびきった!!」」
広大な草原の真ん中で、何の分け隔てもない人族と魔族の共存を、二人は固く誓った。
「それではそろそろみたらし団子をいただきましょうか」
「あっ、そうね! すっかり忘れてた」
マリナはハッと思い出したように言った。
エルナが心待ちにしているみたらし団子のことなどすっかり忘れていたのである。
「はい、どうぞ!」
膝においた木製の容器からみたらし団子を二本取り出して、一方をエルナに手渡す。
エルナは翠色の瞳を宝石のようにきらきらと輝かせながら、落とさないよう慎重に受け取った。
「「いただきます!!」」
二人のはつらつとした声が辺りに響き渡る。
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