第39話 予兆
「今日は空が一段と明るいね! ほら、雲も真っ白だよ!」
「当たり前です。今はお昼なんですから。明るくないほうが異常ですよ」
ある日の昼下がり。
エルナとマリナは、人魔境界付近のいつもの場所で昼食をとっていた。
「でも、どうして今日はお昼に会えることになったの? じきまおうだからいつも忙しいんでしょ?」
「一昨日、侍女が私に言ったんです。『明後日は要用でしばらく出かけなければならないので、王女様はお部屋でお利口に勉強しておいてくださいね』と」
マリナから貰った大きなおにぎりを一口かじってそのまま続ける。
「そして今日、侍女は本当に出て行きました」
「でもお部屋にいるように言われたんでしょ? 後でバレて怒られない?」
隣に座るマリナが、食事の手を止めて心配そうな声色で尋ねる。
「彼女は随分と大荷物だったのでしばらくは帰ってこないでしょう。それに、部屋から出て確認してみると、魔宮殿にはほとんど誰もいなかったんです。お父様もいないようでした。こんな好機をみすみす逃すことはできません!」
「うふふっ、それなら安心だ。今日はいっぱい遊べるね」
マリナがいたずらっぽく微笑む。
「はい、今日はたくさん遊びましょう。なにしますか? なにしますか? にらめっこですか? 追いかけっこですか?」
普段は平静を装って涼しげに振舞っているエルナも、この日ばかりは体の内から沸きあがる喜びを抑えきれなかった。
翠色の瞳を、マリナが首にかけたペンダントの宝石よりも輝かせて、隣のマリナにグッと詰め寄った。
「なんだかエルナ、今日はすごーく楽しそう!」
「当たり前です! 楽しくないわけがありますか!」
「ほら、頬っぺたにご飯粒がついてるよ」
「マリナだって、鼻先についてますよ」
「「ふふふふふ……。あははははははははは!」」
二人は顔を見合わせたまま、声をあげて笑った。
こんなに笑ったのはいつぶりだろう、生まれて始めてかもしれない。今がとっても幸せだ。
――この時がずっと続けばいいのに。
その刹那。
二人のすぐ近くに、純白の雲をも焦がしてしまいそうなほど巨大な炎柱が立ちのぼった。
「ひゃあっ! エルナ、あれは……」
炎柱に気づいたマリナは悲鳴を上げ、ポカンと口を開けて炎柱が立ち上った場所を指さす。
「――【塁壁】!」
マリナを抱き寄せ、エルナが勢いよく片手を突き出して叫ぶと、翠色の魔法陣が二人を囲うように地面に描かれた。
そこから翠色透明の壁が半球状に形成されて二人を覆う。
瞬く間に、耳を聾するほどの爆発音が二人のもとまで伝播し、草原には熱風が吹きすさぶ。
風に乗せられた炎弾が、地面を抉る勢いで辺りに次々と落下し、周囲の草に燃え広がっていく。
「怖いよ……エルナ」
「大丈夫です。しっかりと掴まっていてください」
マリナは更に固く抱きついた。
エルナは腰を低く落として、吹き飛ばされないように精一杯踏ん張った。
乾燥した草原が、依然として吹き続ける烈風を受けて一層激しく燃え上がる。
ようやく風が弱まり、一時は二人の背丈よりも大きく燃え盛っていた炎も収まってきた。
つい先ほどまであたり一面に広がっていた草原は、塁壁の内側を残して黒く焼け焦げていた。
「なに……これ」
真っ黒になった草原を見たマリナは、そのまま膝から崩れ落ちた。
「詳しくは分かりません。しかし先ほどの炎柱は魔族の仕業でしょう。あれは恐らく、最上位魔法の【業火】です」
「どうして魔族が……。あっちは私のお家がある方向だよ。父上がいる方向だよ。私たちの国がある方向だよ」
「ついに始まってしまったようです」
エルナはごくりと唾を飲み込んで続けた。
「――魔族による侵攻が」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます