第35話 理由

「私、どうしても行きたくないんです」


 家に帰るやいなや、エルナは物憂げな表情を浮かべて俯きがちに言った。


「でも、メアとミアはエルナのことを気に入ってるって言ってたぞ。今度遊びに来て欲しいって言ってたじゃないか」


「すみません……。それでも行きたくありません」


 王城からの帰り道でもそうだったが、これほど思いつめた顔をしたエルナは初めて見た。


 俺が転移特典として貰ったタワシを誤って焼却してしまったときや、極刑が確定して地下牢に放り込まれたときでさえ、これほど思いつめた表情はしていなかった。


「エルナがそこまで言うってことは、何か理由があるのよね。もし嫌じゃないなら、あたしたちに聞かせてくれない?」


 帰ってきてからずっと椅子に座り込んだままでいるエルナの肩にそっと手を添えて優しく問いかけたのはマヤだった。


 家中がしじまに包まれた。


 永遠とも思われるほどの十数秒が経過した後、エルナが表情を一切変えずに顔を上げて口を開いた。


「はい、分かりました。これ以上隠し続けてもいつかは必ずボロが出るでしょうから、今から私の過去を全てお話しようと思います。自分から人族の方にお話するのはこれが初めてです。お二人は不思議に思いませんでしたか? クロエのダンジョンで、私が無詠唱で魔法を使ったこと……」


 エルナは深呼吸してゴクリと唾を飲み込み、俺たちに覚悟に満ちた眼差しを向ける。


「――実は私、魔族なんです」




     ☆




「人族は滅ぶべき存在だ。それも我々が手ずから滅するべきなのだ。あのような愚鈍な種族が、なぜ今日に至るまで途切れることなく存在できているのか――甚だ疑問である。奴らは個体では何もなし得ぬ無能だ。魔法もろくに扱えぬ無能だ。無能が集まって村を作り、町を作り、国を作る。実に笑止千万な徒事だ。弱者の集団など高が知れている。指先で潰せるほどの蛆虫うじむしが何匹集まってうごめいたところで無力な事に相違ない。指先で潰せずともまとめて片足で踏み潰してやれば良い。救世主がなんだ。あれも所詮は人族、恐るるに足らぬ。下等だ、愚かだ、目障りだ! 同士よ今こそ蜂起せよ! 愚者どもの跋扈する土地を我々の手中に! 魔族に栄光あれ!」


 魔王様、いえ、お父様は声高に言うけれど、人族が愚かなんてことはないし魔族が優れているなんてこともないと思う。


 魔族の見た目だって、羽や角が生えていたり肌の色が違ったりするだけで人族とほとんど変わらないのに。

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