第3章

第34話 王城に行こう

 すんでのところで死を免れて帰宅したあと、マヤが一人に一台大きなベッドを作ってくれた。


 かなりふかふかで寝心地は控えめに言って最高だ。


 これで、不本意ではあるがやぶさかではなかったエルナとの添い寝は終わって……しまった。


 ……かと思いきや、いまだに朝起きると隣にはエルナがいる。


 そして時々マヤもいる。どうしてだよ! なんだか嬉しいよ! ありがとう!


 それと、ベッドが三台もあると狭いからと、知らないうちにマヤが創造の杖を使って家を増築してくれていたので家がちょっとだけ広くなった。


 三人の部屋もそれぞれ作ってくれとお願いしたがどうしてか了解してくれなかった。


 改めてチート級の能力に驚嘆すると同時に規約を読みとばしたがために神器を貰えなかったことが悔やまれた。


 試しにマヤに杖を貸してもらって創造を試みたのだが、できなかった。


 神器は与えられた本人にしか使えないらしい。


 そして今、


「今度はやぶから棒に極刑宣告されたりしないよな……」


「随分と丁寧に書かれていますし、恐らくそんなことはないのではないでしょうか……」


「全然神器が見つからなくて暇してるんだし行ってみましょうよ!」

 

 俺たちは机上に置かれた一枚の便箋を囲むようにして覗き込んでいる。




     ※


サト・ホシカワ様

エルナ・トレナール様

マヤ・クロエ様



 市場に鳴り響くマンドラゴラの叫声も盛りを迎えた候、皆様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

 さて本日は、是非とも皆様にお願いしたいことがございまして筆をとりました。つきましては、仔細をお伝えするため、明日コルネリアス王城へお越しください。お忙しいとは存じますが何卒ご来城いただきますようお願い申し上げます。

 それでは再びお目にかかれますことを心待ちにいたしております。



カルザス・コルネリアス


     ※




 この国王、見かけによらず随分とかわいらしい丸々とした字を書く。


 三人での白熱した議論の末、暇だし行くだけ行ってみようということでコルネリアス王城へ足を運ぶことになった。


 以前ダンジョン攻略の褒美として与えられたコルネリアス王城入城フリーパスのおかげで、わずらわしい入城審査なしで城に入ることができた。


 このフリーパスは案外使えるかもなと三人で話しながら城門をくぐると、見覚えのある中年の男が綺麗な姿勢で両手を重ねて立っていた。


「これはこれは皆様! よくぞお越しくださいました。ささっ、どうぞこちらへ」


 この神経質な声。


 こいつは以前俺たちに極刑を宣告した側近だ。


 真ん丸なメガネ越しに見える糸のように細められた切れ長の目からは、以前のような敵意は微塵みじんも感じられない。


 そのまま側近の男に着いて行くと、この間と同じように玉座の間へ続く扉の前に案内された。


「国王様ー! サト・ホシカワ様御一行がいらっしゃいましたー!」


 二階建てビルくらいの大きさでかなり重そうな扉が、ゴゴゴゴッと重厚な音を立てて開かれる。


 奥にある玉座には国王コルネリアスが深く腰掛けている。


 そこから入口へ続く道を作るように真っ赤な絨毯が敷かれ、両脇には多くの兵士が整列している。


 実におごそかな雰囲気だ。


「よくぞ参った。サト・ホシカワ、エルナ・トレナール、マヤ・クロエ」


 相変わらず野太い声が玉座の間に響く。


 俺は玉座の間の中ほどまで進むと、この間と同じように片膝をつこうとする。


 エルナもマヤも同じようだった。


「待て、此度は我がそなたらを呼びつけたのだ。前回もそうであったが……。ゆえに、先日の詫びの意味も込めてそなたらには椅子を用意した。そこに座るとよい」


 側近が手を叩くと、三人の男がやって来て俺たちの背後でそれぞれ立ち止まる。


 何をするかと思えば、男たちはなんのためらいもなくその場で四つん這いになった。


「……。椅子って、まさかこの方々のことでしょうか?」


 四つん這いの男とコルネリアスを交互に見ながらエルナが尋ねる。


「しかり。椅子だ。座れ」


 座れって……。


 四つん這いになった人の上に座ることがさも当然であるかのような口ぶりだが、この国にそんな風習があるとは一度も聞いたことがない。


 この状況に困惑しているのは俺だけではないようで、エルナもマヤも四つん這いの男を見つめて唖然としていた。


「申し訳ありません国王陛下。俺にも人の心があります。たとえ国王陛下の厚意であっても人の上に腰掛けるというのは……少しはばかられます」


「私もです」


「あたしもよ」


「案ずるな。座るのだ。そやつらもそれを望んでおろう」


 コルネリアスは立派なあごひげを撫でるように整えながら答える。


「は……はあ……。それでは失礼します」


 それを聞いたエルナが四つん這いの男に声をかけ、困惑した表情を浮かべたままおもむろに腰掛ける。


「では俺も……失礼します」


 エルナが座るのならと、恐る恐る後ろで四つん這いになったままの男に腰掛けてみる。


「ほんとにいいのね、座るわよ」


 それを見たマヤも同じように腰掛けたのだが、


「はうーん! この感覚……久しぶり!」「いい! すごくいい!」「もっと……! ほら君! もっとグッと体重をかけて!」


 予想の斜め上を行く男たちの反応に驚いた俺たちは、脱兎だっとの勢いで一斉に飛び上がった。


 国王の言っていることがようやく理解できた。


 確かに彼らは座られることを望んでいた。


 今、俺たちの椅子として四つん這いになっている男達は他人の椅子になることに快楽を感じる、所謂いわゆるドMだったのだ。


「なっ、なによ! 気持ち悪い声ださないでよ!」


「こっ、この子、言葉責めもできるのか……! 期待のルーキーだ!」「お嬢ちゃん、俺にも、俺にもちょうだい!」「そっちの魔法使いの嬢ちゃんもほら、なんか言ってみ!」




「すみませーん! 椅子、替えてくださーい!」




 普通の椅子に替えてもらった。


「そなたらならば、あの椅子に喜んで座るだろうと思ったのだが……。あの椅子で人をもてなして上手くいったためしがない。どうしたものか……」


 なら止めろよ!


 ――と思わず叫びそうになるのをぐっと堪える。


 俺たちの事をなんだと思ってるんだよ。


「して、本題に入ろう。実は来る魔王軍の来襲に向けてそなたらを派遣してほしいという依頼が、東部ソーマ国国王から直々にあったのだ。魔族の撃退を手伝ってもらいたいそうだ」


「どうして俺たちなんです。この国には他にももっと強そうな冒険者が沢山いるじゃないですか」


「どうも国王の双子の孫娘がエルナ・トレナールをいたく気に入っておるそうでな。国王も、是非顔を合わせたいと宣っておった」


「わっ、私ですか!? 東部ソーマ国の双子……ということは、クロエのダンジョン内で出会ったあのお二方は……」


 口を大きく開いたまま驚嘆の表情を浮かべるエルナと視線があう。


「国王の孫娘なのか!?」「国王の孫娘だったのですね」


 思っていることは同じようだ。


 まさかクロエのダンジョンで出会ったあの二人が国王の孫娘だなんて。


「然り。相応の褒美も出るそうだ。どうだ、行く気はあるか」


「いいじゃない! 最近暇なんだし行ってみましょうよ!」


「魔王軍撃退なんて暇つぶしでできるようなものか? まあ、神器について何か手がかりを得られるかもしれないし行ってみるか。エルナはどうだ?」


「…………。すみません、少し考えさせてください」


 エルナは俯いたまま、かろうじて聞き取れるほど小さな声でそう言った。


「左様か。然らば明日までに心を決めよ。明日、そなたらの意向を再度聞こう」

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