第33話 フトホス・スキアー

 そうして迎えた刑執行の日。


 雨、どしゃ降り。雷まで鳴っている。


 まさか人生最後になるかもしれない日にお天道様を拝むことができないとは。


 懇切丁寧にレシピを説明して作ってもらった美味しいオムライス(のようなもの)を食べた俺は、玉座にふんぞり返る国王を前に、エルナ、マヤと並んで膝立ちさせられている。


 手を後ろで縛られて膝立ちする俺たちの脇にはそれぞれ、切れ味のよさそうな鋭利な剣を携えた兵士が立っている。


 この剣で首をちょん切られるのだと思うと、凄まじい恐怖に駆られる。


 途中で引っかかったりしないよな。


 現に心臓がウーファーくらいドクンドクンと鼓動している。


 エルナが、国王に憑いているかもしれないこの世ならざるものと会話できるように、俺とマヤで何とかして時間を稼がなくては。


 これが最後の頼みの綱なんだ。


 エルナの方を見やる。


 俺の視線に気づいたエルナはこちらにウインクをして見せた。


 あいにくウインクはできないので、できる限りの微笑みを返す。


 マヤの方を見る。


 俺の視線に気づいたマヤはこちらに両目を閉じて見せた。


 俺と同じでウインクが出来ないのだろう。


 こちらにも微笑みで応答する。


「して、貴様らが我と顔を合わせられるのもこれが最後だ。遺言があるのなら我が直々に聞き届けてやろうではないか」


 国王コルネリアスの相変わらず威圧感のある声が響く。


 曇天を真っ二つに割るようにして閃く稲妻が王城内を不気味に照らす。


「はいはいはいはい!」


 遅れて轟く雷鳴に怯むこともなく、マヤが随分と威勢よく返事する。


 まるで三日前の気絶が嘘であったかのように。


「では左の娘から順に聞いてやろう」


「はい! 王様! 今日は良い天気ですね!」


「…………………!」


 危ない。驚きのあまり転けそうになってしまった。


「おいマヤ! なんだよその遺言。時間を稼ぐにしても不自然すぎるだろ!」


 できる限り声量を抑えて、隣に膝立ちするマヤだけに聞こえるように話す。


「だってサトが言ってたじゃない。場の雰囲気が良くない時は『今日はいい天気ですね』って言うんだって」


「いくらなんでも今言うには無理があるだろ! 外見てみろよ! 雨だろ! 雷鳴ってるだろ!」


 マヤが窓を通して空を振り仰ぐとちょうど空が閃いた。


 地響きのような雷鳴が王城にまで届く。


「なんだと!? そうかそうか。この場におよんでも我を愚弄するというのだな。もうよい! 貴様らにかける慈悲などかけらも残っておらん!」


「お待ちください国王陛下! 俺の遺言も……」


「ええいっ、かまびすしい! すぐだ! 今すぐ奴らの首をはねろ!」


「「「はっ!」」」


 おいこれまじでヤバいぞ。


 マヤと協力して刑執行をできる限り遅らせるはずが早めてしまった。


 三人の兵士は、一同に剣を振りかぶり、なんのためらいもなく勢いよく振り下ろす。


 シュッと、剣先が空を切り裂く音が聞こえる。


 もうダメだ。


 死を覚悟した俺は、肩をすぼめてぐっと歯を食いしばる。


 できるだけ痛くないように殺してくれ!


「我々に降りかからんとする厄災から、我々を守りたまえ――【障壁】!」


 その刹那、ゴンッという激しい衝突音が耳元で鳴り響いた。


 固く閉じた目をおもむろに開くと、まだ首は繋がっているようだった。


 隣を見ると翠色半透明の壁があり、兵士が振りかぶった剣から俺の事を守ってくれている。


 こんなことをできるのはただ一人。


「「エルナ!」」


 俺とマヤが震えた声でそう叫んだのは同時だった。


現世うつしよに彷徨える御霊よ、今ここに現出せよ! ――【霊視】!」


 安堵のため息をつく暇もなくエルナがそう唱えると、顔を真っ赤にしたコルネリアスの背後に中性的な顔立ちをした可愛らしい少年が現れた。


 この少年、宙に浮いている。


 あれがエルナの言っていたこの世ならざるものなのだろうか。


「うわぁ。これでボクのことがみんなに見えるようになったのかなぁ」


 少年は、自分の手のひらからつま先、背中に至るまで全身を舐めるように確認している。


「はい! しっかりと見えていますよ!」


「ほんとにー! やったー! 苦節十年……ようやくみんなに気づいてもらえたんだね。しみじみ嬉しいよ」


 コルネリアスは口を大きく開け、兵士たちは手にしていた剣を落とし、その場にいるエルナ以外の全員が呆気にとられている。


「なっ、なんだ貴様は」


 勢いよく立ち上がったコルネリアスが後ずさりしながら、宙に浮く少年に尋ねる。


「ほんとに見えてるや。初めまして、ボクはフトホス・スキアー。こう見えても一応神様なんだよ。貧乏神なんだけどね。数年前から君のそばにいさせてもらってたんだー」


 可愛らしい少年のような見た目をした貧乏神――フトホス・スキアー。


 聞き覚えがある名前だ。ミラが探してた神様じゃないか。


「貧乏神? 我のそばにいたとはどういうことだ」


「ボク、影が薄いから神界にいても誰からも気づいてもらえなくて、もしかしたらこの世界でなら気づいてもらえるかもって思ったんだ。それでこの国で一番偉そうな君のそばにいることにしたんだけど、なかなか気付いてくれないんだもん」


 フトホスが、広い王城内を自在に飛び回りながらコルネリアスに憑くことになった経緯を説明する。


「だからボクの力をちょっとだけ解放してみたんだ。ちょっと貧乏になれーってね」


「貧乏神である貴殿が力を解放したということは、我が国の財政が破綻しかけているのは貴殿の所業であるということか」


「えへへ、実はそうなんだ。全然気づいてくれないからついムキになっちゃって……」


 フトホスが照れ笑いを浮かべながら、頬をポリポリとかく。


 おい。そのせいで濡れ衣を着せられてる奴らがここにいるんだが。


「いやー、エルナちゃんが魔法でボクのことを見えるようにしてくれてよかったよ。ありがとうエルナちゃん!」


「私もフトホス様のお役に立てて嬉しいです」


「『やめてよー! その子たちは何も悪くないんだ! 悪いのは全部ボクなんだー!』ってどれだけ叫んで訴えてもみんな気づいてくれないからさ。エルナちゃんが見つけてくれなかったら三人とも今頃は殺されてたよ。でもよかった。一件落着だね!」


 随分軽いなこの神。神界にはこんな神しかいないのか? 


「左様か…………」


「ってことだからコルネリアスくん、三人の極刑は取り消しだね。サトくんとマヤちゃん、それにエルナちゃんも、ごめんね。みんなには悪いことをしちゃった」


「……あ、はい。どうも」


「また皆で暮らせるんですね! エルナ、嬉しいです!」


「やったわね! まだ皆で神器を回収していられるのね!」


 よかった。もう少しで死ぬところだったが、命は助かったようだ。


「……すまなかった。ほら、この通りだ。お前らも頭を垂れんか」


 コルネリアスがそう言うと、コルネリアスを含めたその場にいる全員が、心底申し訳なさそうに俺たちに向かって頭を下げた。


「「「「申し訳ありませんでした!」」」」


「まっ、まあ、頭をあげてください」


 こうしていると、何だか気分が晴れてゆく。






 それから晴れて無罪となった俺たちは、手を拘束する縄を解いてもらい、褒美も与えられた。


 褒美は「コルネリアス王城入城フリーパス」だった。


 この国の王城はテーマパークかよ。


 なんでも入城審査が省けるらしい。


 期待していた金でも土地でもなかったのは残念だ。


 正直要らなかったが、要らないと言うと首をはねられそうだったので受け取っておいた。


 そして城門前。朝から降りっぱなしだった雨もすっかりあがっていた。


「ボクは、もっと色々な人に気づいてもらえるように旅に出るよ! もうこの国からは出ていくから安心して暮らすといいさ」


 フトホスは終始嬉々として話している。


 皆に気づいてもらえたことがよほど嬉しかったのだろう。


 これからフトホスの行く先々で、俺たちのような犠牲者が出ないことを切に願います。


「また何かあったらいつでもボクを呼んでよ! それじゃーねー!」


 言いながら高く浮かび上がると、こちらを振り返って大きく手を振るのだった。

 

「そーいえばフトホスさーん! ミラ様が探してたわよー! 新しい漫画を借りたいんだってー!」


 上空のフトホスに聞こえるように、マヤが声を張り上げる。


「分かったよー! 知らせてくれてありがとねー!」


 雲の切れ間から差し込む陽光が、空を飛び行くフトホスを神々しく照らす。


 極刑を宣告されるのも、脱獄するのも、また捕らえられるのも、無罪を認められるのも、あっという間だった。


「よしっ。家に帰るか!」

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