第31話 希望の一歩
マヤには、どうして今俺たちがここにいるのかを詳しく話した。
今思い出しただけでも、あの国王にはかなりの苛立ちをおぼえる。
腹を下して急いでトイレに駆け込もうとしたときに、トイレのドアノブが外れる呪いをかけてやりたい。
「なるほど。よく分かったわ。あたしが知らないうちにそんなことがあったのね……」
マヤは腕を組んだまま頷くが、眉をひそめていてどこか怪訝そうな口ぶりだ。
エルナとの寸劇も交えつつ、できるだけ丁寧に説明したつもりだが、まだどこかに引っ掛かりを感じているのだろうか。
「マヤさん。どうしたのですか?」
エルナが優しく尋ねる。
「まだ説明不足なところがあったか?」
「うーん……よくわからないんだけど、どこか後ろめたさを感じるのよね……」
と、次の瞬間。
マヤが、背中に水滴が落ちてきたようにハッとした表情を浮かべたかと思えば勢いよく立ちがった。
「――! ……って、よく考えてみたら! あたしのせいでサトとエルナまで死ななきゃいけなくなっちゃってるじゃないのよ!」
マヤは続けざまに石造りの硬い床に正座し、俺とエルナを潤んだ目で見つめると、
「ごめんなさい! あたしのせいで」
勢いよく頭を下げるのだった。
「まままま、マヤさん!? 頭を上げてください! 私たちは何も気にしていませんから! ねっ、サト!」
突として目前に現れた死への恐怖でそれどころではなかったが、言われてみれば確かに、マヤに巻き込まれたという考え方もできるのかもしれない。
だが、俺にはマヤを責めるつもりはまったくないし、エルナだってそうに違いない。
「そうだぞマヤ。そんなに気にするな。だって俺たち、パーティメンバーだかるぁ……」
「これを使って今すぐ逃げ出すわよ」
「……な?」
せっかく人が格好つけてたっていうのに。
現代人が異世界に来たら言ってみたい台詞上位(俺調べ)だぞこれ。
「ほら、うかうかしてるとまた看守が来ちゃうわよ。あたしが二人を死なせないんだから!」
そう言うマヤの手には、一本の鍵が握られている。
「マヤさん、それは何ですか」
「この牢屋の鍵よ。看守が鍵を開け閉めするのを見てたから、試しにそーちゃんと作ってみたの。どう? 力作よ」
「すごいですマヤさん!」
「……すごい。本当に、すごい」
驚いた……。これはもはやチートだ。
こんなもの見せられてはやはり神器への憧れなど捨てきれない。
っていうか、投獄するやつから武器を取り上げないなんて、この国のやつは何考えてるんだよ。
魔法陣で魔法の使用を阻害したことで、すっかり油断してしまったのだろうか。
「へっへーん! たまには褒められるのも悪くないわね。さて、開くかしら」
マヤは細い腕を鉄格子から器用に出して、そのまま鍵を開けようと試みているようだ。
――チャリン
アスファルトに小銭を落とした時のような鋭い金属音が地下牢に響く。
「あっ、落ちちゃった」
マヤがうっかり手を滑らせ、そのまま鍵を鉄格子の向こうに落としてしまったらしい。
「うーん。届かないわね」
鍵を拾おうと、マヤが腕を目いっぱい伸ばすが届かない。
まじかよ。せっかく殺されずに済む希望が見えたというのに。
その希望は今、花と散ってしまった。
これが絶望ってやつか。
「もう一つ作るしかなさそうね」
そう言ってマヤが杖を振るうと、掌上にさっきと同じ鍵が現れた。
「その手があったか!」
「どうしたの?」
「いや、何も無い」
度重なる不幸に少々悲観的になりすぎていたようだ。
マヤは先程と同じように鉄格子から手を出し、鍵を開けようとしている。
「もう少しです、マヤさん!」
――ガチャ。
と、心地よい音が聞こえた。鍵が開いたのだ。
「開いたわ! みんな、早く逃げるわよ!」
「ナイスだマヤ! よし、今のところ誰にも気づかれてないな」
「看守の方には悪い気がしますが、命の方が大切です」
こうして俺たちは、明るい希望に満ち満ちた大きな一歩を踏み出すのであった。
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