第29話 きょっけい

 ほの暗くジメジメとした地下牢は、しんと静まり返っていた。


 エルナは隅で膝を抱えている。


「エルナ、魔法を使って逃げ出せたりしないのか?」


「それが、床の魔法陣のせいで魔法が使えないのです」


 魔法は使えないらしい。


 俺のショートソードも、投獄される際に没収された。


 もちろん地下牢に窓などあるはずもなく、頼りになるのはロウソクの弱々しい光のみ。


「ちょっとあんた! 離しなさいよ! あたしをどこに連れてくつもりなのよ!」


 錆ひとつない鉄格子の向こうから聞こえてくるのは、一度聞くと中々耳から離れない、聞き覚えのある威勢の良い声。


「この声は、マヤさんです」


「だな。やっと意識を取り戻したのか」


 まもなくして、牢屋の前に看守らしき男が二人現れた。


 背丈の高い方が、簀巻きにされたままじたばたともがくマヤを涼しい顔で肩に担いでいる。


 簀巻きにされたマヤには、どこか既視感を覚える。


 もう一人の小太りの男が、腰元にかけた多くの鍵の中から一つを選んで、鉄格子の鍵を開ける。


 キィと高い音をたてて、牢屋の扉が開く。


 逃げるなら今なのだろうが、そんな気力はない。


 それに、逃げたとしてもすぐに捕まるだろうし。


「ほら、ここで最期の時を待ってろ」


「お前らも、最後の晩餐は何にするか決めておいた方が良いかもな」


「いでっ」


 簀巻きのマヤが、俺とエルナのいる牢屋に投げ入れられた。


「マヤさん! 心配していたんですよ。お加減はいかがですか?」


 エルナは、うつ伏せになったマヤのもとへ駆け寄って行くと、ころんと転がして仰向けにした。


「全然平気よ。少し寝てただけよ」


 んなわけあるかい。


 こいつ、国王との謁見に極度に緊張して気を失い、そのまま医務室に運ばれて行ったのだ。


 先程ようやく意識を取り戻して、簀巻きにされてここへ連れてこられたのだろう。


 その事について詰問してやりたいが、今はふざけていられない。


 大人しく、マヤを縛る縄を解いてやる。


「はーっ! やっと自由に動けるのね。ありがとうサト」


 大きく背伸びをすると、辺りをぐるりと見回す。


「っていうか何なのこの部屋! 部屋まで運んでくれたのはいいんだけど、運び方が雑だったわ。それに普通、お客さんにはもっと豪華な部屋を用意すると思うの」


「……えーっと。マヤさん。大変申し上げにくいのですが……」


 エルナが、引きつった笑みを浮かべて頬をかく。


 それを聞いたマヤは、何かしらと小首を傾げる。


「私たちは、国家反逆罪で国王陛下から極刑を言い渡されているんです」


「こっかはんぎゃくざい? きょっけい? よく分からないけど、王様から何か凄い賞が貰えるってことよね。やったじゃない!」


「いや違う。だとしたら、どうしてこんなちんけな待遇を受けなきゃなんないんだよ。俺らはドM集団か!? 俺たちは近いうちに殺されるってことだよ」


 状況を上手く呑み込めていないのか、マヤは無言で大きな目をパチパチとしばたたかせる。




 …………………………。




 窮屈な牢屋の中が、しばらくの間しじまに包まれる。


「……! ってことは、あたし達死ぬの!? 一体どうしてよ!?」


 マヤが状況を理解するのには、それほど時間を要しなかった。


 遅かれ早かれ自分は死ぬのだと悟ったマヤは、おたおたとした様子で声を荒らげる。


 今でこそ落ち着いていられるが、牢屋に放り込まれた直後なんて、俺もエルナも手を取り合って狼狽していた。


 これが、身に覚えのない罪を着せられて極刑を宣告された者の正しい反応なのだろう。


 なんだよ国家反逆罪って。


 スケールデカすぎだろ。


「マヤが膝をついたまま気絶してたとき、物凄いお宝を奉献するよう国王に言われたんだ」


「そしてマヤさんが医務室に運ばれて行ってから、サトは正直に答えたんです。物凄いお宝はつい先程医務室に運ばれてしまいました……って」


「それを聞いた国王のやつ、顔を真っ赤にして怒鳴り始めたんだ」

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