第2.5章

第28話 緊張

 俺は今、間違いなく人生で一番緊張している。


 昨晩遅く、大急ぎで息を切らしながらやってきた寝間着姿の配達員から受け取った手紙。




     ※


サト・ホシカワ

エルナ・トレナール



 明日、クロエのダンジョンで入手した「物凄いお宝」を持ってコルネリアス王城に参内すること。



カルザス・コルネリアス


     ※




 名指しでこんな勅命ちょくめいを下されては、行かないなんて選択肢ははなからない。


 王城まで行くのは面倒だが、無視すると何をされるか分からないからだ。


 コルネリアス王城玉座の間。


 目の前に鎮座しているのはコルネリアス王国現国王カルザス・コルネリアス。


 貧乏国家とはいえ、王城の内装も国王が座っているあの玉座も隅々まで意匠が凝らされているし、何より国王の放つオーラが凄まじい。


 俺は、今にも口から飛び出て来そうな心臓を何とか押しとどめつつ、転移してくる以前に読んだ漫画のおぼろげな記憶を頼りに片膝をついて頭を垂れている。


 あの漫画に登場していた騎士も、国王の御前では確かこのような体勢をとっていた……気がする。


 それを見たエルナもマヤも、慌てた様子で俺の格好を真似した。


 間違っていたらどうしよう。


 俺たちの両脇にはそれぞれ、いつでも抜剣できるように剣に手を添えた兵士が立っている。


 こんな状況で不敬を働くつもりは全くない。


 だが、少し口が滑ったくらいでも首が飛ぶぞ。これ。


「もうよい」


 野太くかなり威圧感のある声が、天井の高い玉座の間に響き渡る。


 それと同時、両脇の兵士が揃って素早く気をつけの姿勢をとった。


「サト・ホシカワ、エルナ・トレナール。良くぞ参った。頭を上げよ」


「「はい!」」


「さて、そこの娘は何者じゃ」


 そうだ、国王はまだマヤのことを知らないのか。


 隣を見やるが、頭を下げたままのマヤは答える素振りを見せない。


 緊張しすぎて身体はおろか口までも動かないのだろうか。


「彼女は、最近加わった俺達のパーティメンバーです」


「さようか。ではその娘にも褒美を与えんとな」


 よく分からないが、俺たちはこれから褒美を貰えるらしい。


 いくら貰えるのだろう。


 国から貰えるのだし、大金であることに間違いは無さそうだ。


 それとも、大きな土地だろうか。


 どちらにせよ、すごく嬉しい。


「此度の活躍、大義であった。まさか駆け出し冒険者が、それも我が国の駆け出し冒険者が難攻不落のダンジョンを攻略しようとは、つゆほども思わなかったぞ」


「国王陛下からそのようなお言葉を頂けるとは、身に余る光栄でございます」


「ございます」


 エルナが俺に続くが、マヤはまだ動かない。


「本日は、クロエのダンジョン攻略とともに入手できると言われておる『物凄いお宝』を進上してもらおうと思って其方らを呼びつけたのだ」


 はあ…………。


 立派な髭を蓄えた大きな顔に薄ら笑いを浮かべて手を揉み合わせている。


 このことから察するに、恐らく、いや絶対にあの国王は文字通りの物凄いお宝を、すなわち一国の財政を立て直せるほどの金銀財宝を期待しているに違いない。


 ダンジョン攻略にただでさえ少ない国費の大半をつぎ込んでいるとも聞くし、国王が「物凄いお宝」に期待を膨らませるのも無理はない。


 だから、今隣にいる黒髪の彼女こそが“物凄いお宝”なのですとは、とても俺の口からは言えない。


 絶対に言いたくない。


 この事に関してはぜひとも、当事者のマヤの口から説明してもらいたいのだが……。


 依然として動く気配すらない。


 あのマヤなら「ふふーん! よく聞きなさい国王。あたしこそがその、物凄いお宝なのよ!」とか言い出して首をはねられていてもおかしくないにも関わらずである。


 朝食抜きで急いで来たから機嫌でも損ねているのだろうか。


 はたまた空腹すぎて気を失いでもしているのだろうか。


 何にせよ、いい加減動いてもらわないと困るのだが……。


「マヤ、これについてはお前の口から説明してくれないか」


 ささやき声で、俯いたまま動かないマヤに呼びかける。


 ――返事がない。


「おい、マヤ。どうした」


 言いながら、右隣のマヤを肘で小突く。


 ――パタッ。


 と軽い音を玉座の間に響かせて、一牌のドミノが指で押し倒されるように、マヤはそのままころりと倒れてしまった。


「マヤ!?」


「マヤさん!?」

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