第27話 遅めの夕飯
「うーん懐かしいです! この味ですよ。この味をずっと求めていたのです」
「良かった。まさかこんなもので許してくれるとはな」
無事に鳥車で家へ凱旋した俺たちは、少し遅めの夕食をとっている。
今晩のメニューはもちろん、クロッドリザード肉の香草焼きである。
タワシを焼却されてから、時間に余裕があるときにはエルナの手伝いをしていたが、人に手料理を振る舞うのは久々だった。
あんなに美味しそうに食べてもらえると中々嬉しいものだ。
「ほんとねっ! これは美味しいわ。サト、あたしもこれ気に入ったわ」
普段ならば聞こえてくるはずのない、溌剌とした声が小さな部屋に響く。
今、エルナの隣には黒髪の少女が一人座っている。
マヤだ。
あれからずっと、俺たちに着いてきた。
「どうしてここにお前がいる」
「あたしは物凄いお宝なの。ダンジョンを攻略したんだから大人しくあたしを仲間に加えなさい」
「どうせあれだろ。引きこもってすぐに寂しくなって早く外に出たいと思ったものの、のこのこと出て行ってしまっては救世主としての体面を保てなくなってしまうから、物凄いお宝に釣られてやってきた冒険者に外に出してもらおうとしたんだろ?」
「んっ、そっ、そんなことないわよ!」
「それならどうして、凶暴なモンスターを配置したり、罠をしかけたりしなかったんだ? 分岐点にはわざわざ矢印で順路を示してもいたな。それに、扉を頑丈につくりすぎたことも後悔してたんだろ?」
「そっ、……それはあれよ。……多分先に来た冒険者たちが勝手に罠を解除したり、迷わないように順路を記したりしたのよ。なによ、このあたしが寂しいから早く攻略して欲しくて、そんな幼稚なことするわけないじゃない! 扉を頑丈にしすぎたなんて気にしたことも無かったわ!」
これは確実に黒だ。
図星をつかれて動揺を隠せていないマヤの瞳が泳いでいる。クロールしている。
だが今は、そんなことよりも気になって仕方がないことがある。
「初めてのダンジョン探索、お疲れさまでした。それにしても、お料理なんてできたのですね、サトさん。意外です。これがギュードンというものですか?」
「ちげーよ! それよりどうして女神がこんな所で油売ってるんだよ!」
隣に座っているのは、俺の異世界生活における諸悪の根源にして、あの時確かに俺の背中を蹴飛ばした女神
――ミラなのだから。
そして、あろうことかこの状況に疑念を抱いているのはどうやら俺一人だけらしい。
エルナは、本物の女神が家に来ているのだと知って「やはり女神様は、私を贄として欲しておられるのですね……」とか言い残して卒倒したものの、ミラの力ですぐに回復してからは特に何事も無かったかのように振舞っている。
マヤに至っては今でこそ両目が競泳プール状態だが、それまでは、女神がいることがさも当然のように悠然と座って食事をとっていた。
「どうしてって、サトさんがクロエのダンジョンから出てくる所を神界から目撃したからですよ。サトさんから『創造の杖』を受け取ろうと思って神界から降りて来たのですが、その必要はなかったようですね」
「女神様ひどい。あたし生きてたんですけど」
マヤが頬に空気をためて膨らませる。
「知っていましたよ」
「「「え!?」」」
俺もエルナもマヤも、この場にいる女神以外の全員が驚きの声を上げる。
「神器には、持ち主から頂戴した微量の魔力を使用して、天界へ位置情報を送信してくれる便利な機能があるんです。その名も、ゴッドへポジション送信! 略してGPSです! ですから、持ち主が生きている限りは、神器がある場所が分からなくなることはないのですよ」
なんだよその変なネーミング。
グローバル・ポジショニング・システムじゃ駄目だったのかと問いたい。
「あたしがダンジョンを作って閉じこもってたことは、女神様にバレてたのね」
「ええ、もちろんです。すぐに引っ張り出しに行こうかとも考えたのですが、やはり面倒くさっ……マヤさんにも休息が必要でしょうと思って。見逃していたのですよ」
「女神様って優しいお方なのね」
今度は食べ物で頬を膨らませたマヤの顔が自然とほころぶ。
だが俺は聞き逃さなかった。
ミラはそんな大仰な理由でマヤの引きこもりを容認したのでは無い。
外へ連れ出しに行くのが面倒くさかったからだ。
ただ面倒くさいからという理由で、回収者をして神器ではなく引きこもりを回収せしめるとは、ミラは随分と狡猾な女神だ。
「もしかして、そのGPSを使えば残りの十一の神器の場所も分かるのか?」
「いいえ、既に持ち主が亡くなってしまった神器のGPS信号は途絶えてしまっていますし、常に行動を監視していた訳でもないので……」
マヤの生存についても知っていたのだし、もしかすると他の神器の在処も一つくらいは分かっているかもしれないという一縷の望みは、あっさり断ち切られてしまった。
となると、残りは全て自力で見つけ出すしかないということか。
気が遠くなるような話だ。
「それにしても、サトさんにこんなに端麗なお仲間がいらしたなんて」
ミラは言いながら、斜向かいで黙々と食物を口に詰め込んでいるエルナに視線を向ける。
女神に見つめられたエルナは目をまん丸にして、口いっぱいの食物をゴクリと飲み込むと、続ける。
「私ですか!? 女神さまにそのように言っていただけるとは……エルナ、感激です!」
「てっきり、サトさんには仲間なんてできるはずもないと思っていたので驚きました」
おい。どういう意味か聞かせてもらおうか、と隣のミラを睨みつけてやる。
「この世界について何も知らないうえに、神器も特殊スキルも持たない異世界人なんて、この世界の人々にとっては
ミラは座っていた椅子の上に立ち上がると、私を崇めよとばかりに腰に手を当てて言う。
ミラを崇める気は毛頭ないが、そう言われると確かに、無才な俺にはもったいないほどのパーティメンバーができたというのは不思議なことだ。
「この出会いは女神様のおかげだったのですね」
「さすがは女神様ね!」
二人は何の疑いもなく女神を崇めている。
恐らく二人は、今俺の隣で椅子の上に立って哄笑をあげている女神の本性を知らないのだろう。
「あーはっはっはっは! あっ、そうでした。この世界で可愛らしい少年のような見た目のフトホスという神を見かけませんでしたか?」
ミラは何かを思い出したような顔をして突然笑うのをやめると、椅子をおりながら俺たちに問いかける。
「なんだよ突然、俺は見てないな」
「私もそのような覚えは……」
「あたしもないわ」
「そうですか。新しい漫画をお借りしようと思ったのですが……」
「フトホスっていう神様は神界? にいなかったのか?」
「はい。貧乏神のフトホスさんは影が薄すぎて、いつも探すのが大変なんです。神界をくまなく探してもいらっしゃらないようでしたのでこの世界に遊びに来ているのではないかと思ったのですが……」
ミラが残念そうに机に突っ伏す。
新しい漫画をよほど楽しみにしていたのだろう。
「あ、まずいです。アレス様が私の部屋を訪ねてきたようです」
アレス様というと、ミラの手紙にもあったミラの先輩神だったけか。
ミラはハッと顔を上げ、急いで帰り支度を始めた。
「実は、経過報告書の提出が今日までなんです。フトホスさんにお会い出来なかったのは残念でしたが、おかげで良い報告ができそうです。サトさん、ありがとうございます」
ミラは俺の手を掴んで嬉々とした表情で続ける。
なんだろう、悪い気がしない。
「それではみなさん! お邪魔しました。マヤさんも加わったことですし、これからも神器集め頑張ってください! また遊びに来ますから!」
――バタン
扉が閉まると同時に、疲れがどっと押し寄せてきた。
先程まであんなに騒がしかったこの部屋も、ミラが帰るとすっかり静まり返ってしまった。
「女神様、素敵なお方でしたね」
「あたしも仲間になってあげるんだし、神器たくさん集めなくちゃね!」
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