第26話 物凄いお宝

「今ここに、クロエのダンジョンが攻略されたことを宣言するわ!」


 高らかにそう宣言するマヤの周囲には、百戦錬磨の屈強な冒険者が大勢群れている。


 そして、皆一様に首を傾げて訝しげな表情でマヤを見つめている。


「お嬢ちゃん、俺たち仕事で忙しいんだよ」「もしかしてだけど嬢ちゃんもさっきの二人の仲間か?」「遊びはお友達の間だけで済ませてくれよ」「何を言うかと思えば、とんだ嘘っぱちじゃねーか」「あの嬢ちゃん、いつか行方知れずになった救世主様に似てるな」「気のせいだろ」「わーすごーい」


 それも当然だ。


 俺があの屈強な冒険者の一人なら、いきなり出てきた少女から難攻不落のダンジョンが攻略されましたとうそぶかれてもきっと信じはしない。


 皆、自分たちの足下にも及ばない低レベル冒険者が難攻不落のダンジョンを攻略できたはずがないと考えているのだろう。


「さっきから本当だって言ってるじゃない! これでもう八回目の宣言よ! いつになったら信じてくれるのよ!」


 少しでも注目を集められるようにと、その辺に転がっていた木箱の上に乗ったマヤが、地団駄を踏んで声を張り上げる。


「……マヤさん。もういいんです。私たちは低レベル冒険者なので誰も信じてくれないのですよ。それに、ダンジョンに入る前に少しやらかしてしまっていますし」


 木箱の上を見上げながら、エルナがマヤをなだめているようだが効果はない。


「あと一回だけ。あと一回言えばみんな聞いてくれそうな気がするのよ」


 こいつ、宣言依存症なのだろうか。


 そんな口ぶりをしている。


「いいわねみんな! もう一回宣言するからちゃんと聞いてなさいよ!」


 エルナがおたおたとして一歩引き下がる。

 

 大きなすい色の瞳であたりをキョロキョロと見まわしている。


 俺のことを探しているのだろう。


 俺は、一緒にいると決まりが悪いので少し離れたところから傍観することにしている。


 エルナには申し訳ないが、見つけられては困るので、少しかがんで周囲の冒険者の岩のような体躯たいくに身を隠す。


「それじゃあよ嬢ちゃん。物凄いお宝ってのを見せてみろよ。攻略したら貰えんだろ?」


 群衆の中から、怒気を含んだ太い声が聞こえてくる。


「何よ! ここにいるじゃない!」


 一旦は落ち着いた冒険者たちが、それを聞いて一気にざわめき始めた。


 皆、あたりをキョロキョロと見回し始めた。 


 物凄いお宝を探しているのだろう。


「あ! た! し! よ! あたしが仲間になってあげるの」


「え!? そんなこと聞いてないぞ!」


 やばい、非常にやばい。


 座視しているはずが、不意をつかれてつい大声が出てしまった。


 一同の視線が即座に俺に注がれる。


 ……どうしよう。


「ほほほほっ、本当でしたー! む、無敵の扉が。無敵の扉が突破されていました! その先が最奥だったようで、本当に……本当にクロエのダンジョンは攻略されています!」


 ……助かった。


 いつの間にダンジョンに潜ったのだろうか。


 冒険者の三人組がダンジョンから大急ぎで出てくると、そのうちの一人が息を切らしながら報告した。


「嘘だろ」「……マジかよ」「信じらんねえぞおい」「俺たちの努力が……」「あ、あ、あ。ああああああああぁぁぁ――――――――――!」


 木箱の上のマヤは、だから言ったじゃないと腰に手を当て胸を張っている。


 しばらくして、群衆の中からパチパチと不等間隔で手を打ち合わせる音が聞こえ始めた。

 

 一人の拍手はまたたく間に周囲へとひろがり、同時に歓声が湧き上がった。


 木箱からピョンと飛び降りたマヤが、冒険者をかき分けてこちらに駆けてくる。


 木箱の上からは、俺の位置が丸見えだったらしい。


「こんなとこでモジモジしてないで、あんたも来なさいよ」


 俺の左手を掴んでグイグイと引く。


 俺を連れて、もといた所に戻ろうとしているのだろう。


 別にモジモジしていた訳では無いが、人に褒め称えられて嫌な気はしないので大人しくついて行く。


 百戦錬磨の凄腕冒険者たちから賞賛を受けるとは、むしろ望むところだ。


 考えてみれば、転移前は喝采を浴びる機会など一度もなかった。


「あんたたちすげーよ!」「よっ! 期待のルーキー!」「お前らのこと見くびってたよ」「俺は初めから信じてたぞ!」「さっきはごめんな。兄ちゃんと姉ちゃん」


 急遽木箱を寄せ集めて作った簡易的なステージの上に並んで立つ俺たち三人を賞賛する声があたりにどよめき渡る。


 魔法を使って花火のようなものを打ち上げているやつもいる。


「やりましたねサト。皆さんを見返してやりました!」


 エルナは嬉々として声を弾ませ、満面の笑みをこちらに向ける。


「ああ、やってやったな。これで俺たちも……」


「魔法使いの姉ちゃん! サインちょーだーい!」「馬鹿! 俺が先に貰うんだよっ!」「んだと!? どう考えても俺だろ!」


 どうしてみんな俺にカッコいいこと言わせないんだよ。


 今回俺の言葉を遮ったのは俺たちが立つステージに雪崩のごとく押し寄せてきた男冒険者たちだった。


 凄腕冒険者というだけあって、本当に血気盛んだ。


 押し寄せてきたやつらは全員、エルナに惚れているようだった。


「ほわあ、どうしましょう。私、サインなんて持ってませんよ」


 大勢に詰め寄られたエルナは、困惑している。


「ちょっとあんた達! あたしのサインも貰いなさいよ!」


 隣のマヤも負けじと応戦している。


 何か重大なことがうやむやになっている気がするが、まあ良いだろう。


 次はいつ浴びられるともわからない喝采を存分に浴びておこうっと。

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