第25話 創造の杖
少しでも俺たちに襲いかかるような仕草を見せれば、またすぐにぐるぐる巻きにして顔に落書きしたうえで市中に晒すぞという約束のもとで紐を解いてやった。
難攻不落のダンジョンでの用途がジャッカロープの丸焼きの切り分けと少女型モンスターを縛る縄切りだとは、奮発して買ったショートソードも浮かばれない。
自由に動けるようになった自称人間のモンスターは、俺たちをわななくわななく奥の部屋に通した。
部屋には机やらベッドやら生活に必要な家具類が一式揃えられていて俺もエルナも驚いた。
それにここはとてもいい匂いがする。
本人曰く長い間ここで一人暮らしているそうだ。
そして今、小さな円卓を囲んで俺の右斜め前には少女型モンスターが怯えた様子で座っている。
エルナが隣で手をわきわきさせているのが怖いのだろう。
何かあった時のために警戒を緩めないでいようとは言ったが、手をわきわきさせて怖がらせろとは言っていない。
この世界に来てから久しく見ていなかった黒髪は胸の辺りまで伸びていて、一部が頭の左右でお団子に纏められている。
このお団子がこのモンスターの本来の耳なのだろう。
赤系の色でまとめられた衣服から推察するに、火属性の攻撃が得意そうだ。
幸いなことに俺は【湧水】を習得しているのでボヤくらいなら対応できる。
しばらくの沈黙の後、モンスターが口をぷるぷると震わせながら話を切り出した。
「あ、あのね、あたしがこのクロエのダンジョンを作ったの。名前は
「へぇー」
………………………………って
「「えっ!?」」
「その名前。まさか、お前も日本人か?」「マヤさんってあのマヤさんですか!?」
「いっ、いっぺんに話されても分からないわよ」
気がつくと、俺もエルナも興奮のあまりテーブルに身を乗り出していた。
どうやら本当に人間だったらしい。
しかも救世主だなんて。
こんなところで油を売っていて良いものなのだろうか。
それにこの名前、どう考えても俺と同じ日本人じゃないか!
一度に二人から詰め寄られたマヤは困惑の表情を浮かべている。
高まる気分をなんとか落ち着かせて改めて椅子に座り直すと、まもなくしてエルナが口を開く。
「マヤさんというお名前を聞いて、そうなのではないかと思ったのですが、もしかしてマヤさんは数年前に突然行方知れずになったとされる救世主のマヤさんではないですか?」
「そうよ! あたしが……」
「そうなんですか! どうして救世主様がこのような所にいらっしゃるのですか!?」
「……うんざりだったのよ。だから誰も来られないようなところに引きこもることにしたの」
毎日にうんざりだなんてことは、俺もこの世界に来る以前によく考えていたことだ。
だから、マヤに共感できないわけではない。
だがしかし、俺にはマヤの話の中に一つだけ納得のいかない部分がある。
「でもマヤ。お前俺と同じ日本からの転移者で、しかも救世主なんだろ?」
「そうよ! 救世主よ。モンスターなんかじゃないわ。っていうか……俺と同じってことは、あんたも日本人なの!?」
首を縦に振って答えると、だからあの扉を突破できたのねと、何やら納得した様子だ。
「救世主ってことは主人公補正バリバリの特殊能力とか神器とか持ってたりするんじゃないか?」
「うーん。特殊能力は、ログインボーナスが何とかって言って、女神様がくださらなかったわ。でも代わりに、この神器――そーちゃんをくれたの」
マヤは、先程から肌身離さず持っているステッキに、愛おしげに頬を擦り付ける。
天辺で見事に輝く真紅の宝石は、綺麗な正十二面体にカットされていて大きすぎず、かと言って小さすぎる訳でもない理想的な大きさ。
木製の持ち手は無駄を一切感じさせず、煩く感じないほどの程よい光沢を帯びていて、上の装飾を一層際立たせている。本当に見入ってしまうような美しさだ。
あれが、ミラも手紙に書いていた失われし十二の神器の一つ「創造の杖」なのだろうと、すぐに察しがつく。
「あたしが想像できるものなら、何でも創造できるのよ。ほらこんなのとか、こんなのとか」
そう言ってマヤが軽く杖を振るうと、机上には可愛らしいクマのぬいぐるみと木彫りの熊が現れた。
「あら、かわいい」
エルナが頬を弛めてクマのぬいぐるみを抱き寄せる。
創造したものの組み合わせは謎だが、たしかにこれは神器にしかなし得ないことだ。
「すごいな、どうなってるんだ?」
「女神様が言うには、あたしの魔力を一度天界に送信してからイコルに変換して……えっとー……。とにかく、色々あるのよ!」
本人にも理解できていないそうだ。
「話を戻すが、そんなに凄い神器を持つ救世主なら、つまらないなんてことはないんじゃないか? 周りからチヤホヤされてさぞかし楽しかっただろうに」
「何よその未練タラタラな口ぶりは。あたしは、皆の期待を背負うのに疲れたの。毎日毎日救世主様って言われ続けて、もううんざりだったのよ。自由な時間なんて微塵もなくて、つまらなかったわ。だから三年前、そーちゃんと一緒にこのダンジョンを造って引きこもることにしたの」
マヤが、俯きがちに言う。
俺はこれまでずっと、救世主をただ羨望し、規約を読み飛ばしたが故に回収者になってしまったことに悔恨すら感じていた。
しかし、少し考えてみると、救世主は人類の期待を一身に背負わなければならないわけで、これはかなりのプレッシャーだろう。
そう思うと、自分のこれまでの考えがいかに短慮なものであったかが炙り出されるようで、忸怩たる思いに駆られる。
やはり回収者でよかったのかも――そう思われさえする。
「あんたも救世主なら少しくらい分かるでしょ?」
前言撤回!
やっぱり回収者は嫌だ!
これまでの不満が一気に込み上げてくる。
「ちげーよ! 俺は救世主のなり損ないなんだよ! 『回収者』とかいうだっせー天職を仰せつかまつらせられたんだよ! おまけに魔力は最低ランク。だから、パーティメンバーを募集しても誰も……来ない……し。 ……だから、分からない……んだ……よ」
自分でもよく分からないが、本物の救世主相手にムキになって、自分は救世主のなり損ないなのだと喚き散らしているのがひどく惨めに思えてきた。
「回収者? 聞かない職業ね。何をするの? 廃品回収とかかしら。あと、それって本当に女神様がくださった職業なの? すっごくダサいんだけど」
次第に、でも確実に心が抉られてゆく。
ダサいなんてこと、ずっと考えないようにしてきたのに……。
マヤの質問に答えられる気力がないので、エルナの肩を軽く叩く。
エルナは微笑みを浮かべてこちらに向かってサムズアップすると、俺の代わりに続ける。
「回収者というのは、この世界に放たれたまま天界に返ってきていない十二の神器を集めて、女神様にお返しする立派な職業なんですよ」
「ふーん。神器を回収するってことね。それじゃあ、あたしのそーちゃんはどうなるのかしら」
そうだった。
目の前の少女は今まさに神器を手にしているんだった。
ミラが神界から失われたとか言ってたから持ち主はとうに亡くなっていると思っていたのだが、どう見てもマヤは生きている。
彼女から「創造の杖」をとりあげろということなのだろうか。
「その『創造の杖』を俺に渡す気は……」
「ないわ!」
「そうだよな……」
そもそもミラは、マヤが引きこもっていることを知っているのだろうか。
名前までつけてあんなに大切そうに抱えているのを無理やり取り上げるのは気が引けるし、そもそもそんな力は無いのでここは諦めて帰ろう。
「すまないな、いきなり押しかけてきて。俺達はそろそろ帰るよ。存分に引きこもりライフを満喫してくれ」
「そうですね! マヤさんが渡したくないとおっしゃるのなら仕方ありません。マヤさんがここにいることは誰にも言わないようにしますから安心してください」
「あたしも……」
マヤがぽつりとつぶやくが後半は何を言っているのかよく聞き取れない。
「あたしも着いていくわ!」
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