第24話 人間だし!

「もう! 自分がやりたくないからって私に押しつけるなんてひどいです」


 俺は今、エルナに若干怒られながら、開いた扉の奥へと続く螺旋階段を降りている。


 恥ずかしいことをさせられたから腹を立てているのではなく、俺がやりたくないことをエルナに押しつけたという事実に腹を立てているらしい。


 そうは言われても、三回回ってワンなど人前では絶対にしたくない。


「あっ、ああ。悪かったよ」


「サトのおかげで扉が開いたようなものですし、まあいいです。その代わり、帰ったらクロッドリザードの香草焼きを作って欲しいです」


「あんな簡単な料理で許してくれるのか?」


「はい! サトに会って初めて食べたあの味が忘れられないんです」


 エルナは見かけによらず大食だ。


 好き嫌いが全くないようで、甘いものから辛いものまで、何でも美味しそうに食べる。


 いつかよからぬ事を企む何者かに食べ物で籠絡されてしまいはしないかと心配している。


 そのせいか、エルナの料理の腕は星付きシェフもかくやというほどに素晴らしく、俺が作る泥細工みたいな料理とは雲泥の差だ。


 時々、和食に似たどこか懐かしい料理を作ってくれるが、和食に似ているのはたまたまだろうか。


 これもかなり絶品。


 そんなこともあってエルナに手料理を振る舞うのはあまり気が進まないのだが、そもそもエルナがいなければここに来ることもできなかったわけで……。


 そう考えると作るよりほかないのだ。


 何周しただろう。


 そのまま螺旋階段を下っていると、すぐに四階層へ到達した。


「サト、四階層だけ他の階層と比べて明るくありませんか?」


 そう言うとエルナは、先ほどまで指先に灯していた光にふっと息を吹きかけて消す。


 エルナに怒られるのは初めてだったのでそれどころでは無かったのだが、言われてみると確かに、この階層は灯が必要ないくらいに明るい。


「それにここ、地面はフローリングだし何だかいい匂いするし、ダンジョンと言うより誰かの部屋みたいだな」


 ゴツゴツした石特有の足下の感触がいきなり変わったので見下げてみれば、これまで荒削りの石材だった地面が綺麗なフローリングになっているのだ。


 それにこの階層、花畑のような良い香りもする。


 行ったことはないが……というか一瞬たりともいた事がないが、彼女の部屋に上がらせてもらったような感覚だなどと考えていると、


「うええぇぇぇん! さびしがっだよおおぉぉぉ!」


 突然甲高い声が響いた。


「なにッ!」


 まずい完全に油断していた。


 このダンジョンが難攻不落のダンジョンであることをすっかり失念していたのだ。


 声のする方から、真紅に輝く大きな装飾が天辺に施されたステッキを持った少女が両手を大きく広げてこちらへかけてくるのに気づいた時にはもう遅かった。


 その距離僅か数メートル。


 今から詠唱を始めても魔法の一つすら放てない。


 いや、【湧水】なんかを放てたとしても意味が無い! 


 それに、少女がそれも一人でこんなところにいるはずがない。


 あれは間違いなくモンスターだ。


 狡猾なモンスターが少女に化けているんだ。


 俺はここであの少女の皮を被ったモンスターに殺されるのか……。


 せっかく異世界に転移できたのに。


 ……騙されたが。


 せっかくパーティメンバーが見つかったのに。


 ……タワシを焼却されたが。


 低階層をあえて簡単にすることで冒険者の油断を誘っているという見立ては正しかったようだ。


 これまでの思い出が走馬灯のようによぎる。


 ろくな思い出がねえ。


 ……でも、まだ死にたいわけじゃないんだよ!


 神様!


 ミラ以外の神様!


 どうか星川慧をお助けください!


 と目を固く閉じて心の中で願っていると、


「――【障壁】!」


 叫ぶエルナの声に驚く隙もなく俺と少女の間に翠色半透明の壁が一枚、突として出現する。


「いでっ!」


 反応が遅れた少女型モンスターは減速することなく凄まじい運動量でゴツンと壁にぶつかる。


 しかし壁は微動だにせず少女型モンスターを突き返し、いかにも軽そうな身体が宙を舞う。


「――【繫縛】!」


 矢継ぎ早にエルナの掌から銃弾のごとく射出された麻縄のような縄が、地面に落ちる寸前の少女型モンスターを何重にも取り巻き繫縛する。


「うぐっ!」


 少女型モンスターはそのまま地面に落下して床上をしばらく滑ると静止した。


「サト! 大丈夫ですか」


「……怖かった。……怖かったよ。神様……いや、エルナ様……ありがとう」


「良かったです。声が震えていますが本当に大丈夫なのですか? 怪我を隠していたりしませんか?」


「だっ!? 大丈夫だ。こ、こんなのはなあ、なっ、なんてことないんだよ、だよっ。そっ、それよりあいつ!」 


 安心したら期せずして涙が溢れてきた――なんてことは恥ずかしくて言えない。


 早く話を逸らしたいのでエルナに捕縛されたモンスターを指さしながらそちらへ駆け寄って行く。


「待ってくださいサト!」


 その時、しばらく気を失っていたモンスターがおもむろに目を開いた。


「いてててて……」

 

 少女の見た目をしたモンスターは身を起こそうとするが、縛られているのでもちろん起き上がることはできない。


「って何よこれ!? 身体が動かないじゃない! あんた達あたしを助けに来てくれたんじゃないの!? とにかくこの縄を何とかしてよ!」


「嫌だね。お前、モンスターだろ。さっき俺を殺そうとしただろ」


「ちっ、違うわよ! 人間よ! あれは……あの、あまりにも嬉しかったから……抱きっ、飛びつこうとしただけで……。とにかく違うの! だからあたしを解放して! あたしは無実よ!」


「うーん……どうだエルナ? こいつは信用に値すると思うか?」


 エルナは腕を組み小首を傾げてうーんと唸って、


「思いません」


 と続ける。 


「やっぱりそうだよな」


「なんでよっ! ま、まさかこのまま身動きとれないあたしを水中に投げ入れようなんてことは考えてないわよね?」


「それもいいですね。どうしますか、サト?」


「やめてえぇ! 何もしてないけどごめんなさいって謝るからぁ! ほらあ、ごめんなさい!」


 モンスターは顔を真っ赤にして涙をうかべて今にも泣き出しそうな表情で、釣り上げられたばかりの魚のようにピチピチと跳ね始めた。


 自力で縄を解こうとしているのだろう。


「あーあ、どこかにこのダンジョンについて知ってる事を全部話してくれるような少女型モンスターがいないかなー」


「モンスターじゃないし! 人間だし! だけど全部正直に話すから! 話すから許してよ!」

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