第23話 無敵の扉

「サト、昨日リアさんにも伺ったのですが、現時点で探索が進んでいるのはここまでのようです」


 メアとミアが帰った後、俺たちはさらにダンジョンを進んで現在は三階層の最奥、四階層へ続くのであろういかにも頑丈な扉を前にしている。


 一瞥しただけでも目の前の扉がかなり重厚なのが分かる。


 一人では到底開けられそうもない重さに衝撃をものともしない堅牢さ。


 まるで銀行にあるような金庫の扉みたいだ。


 ということは……。


 この先に「物凄いお宝」があるのだろうか。


 いまだに見つかっていない創造の杖も、この先にあるかもしれない。


「何でもこの扉は腕利き冒険者にも破壊不可能で、数人がかりで辛うじてついた傷も髪の毛一本ほどとかなり浅く破壊には程遠い――という無敵の扉なのだそうです」


 いつの間に取り出したメモを、一言一句逃さないようとロボットのように読み上げるエルナ。


 正確に読み上げることに力を注ぎすぎて、抑揚が犠牲になっている。


「メアとミアもこの扉に苦戦していたみたいだな。【爆砕】を使ったのに開かなかったって」


「そうでしたね。【爆砕】と言うと、高等魔法の中でも五指に入る威力を誇る魔法なのですけれど……。そうなると残された手はただ一つ。最上位魔法を使うしかないということになりますが……」


「使えるか?」


「使えません。仮に使えたとしても、もしここで使えばダンジョンが崩壊して私たちは生き埋めです」


「じゃあ家に帰ろう」


「いいえ帰りません」


「どうしてだよ! 凄腕冒険者数人がかりでやっとうっすらと傷がつくくらいなんだろ? 二人で……いや実質エルナ一人か。一人でどう足掻いても開かねーだろこれ」


 鉄扉よりも頑丈そうな扉を平手でペちんと叩く、案の定ピクリともしない。


 俺の掌が赤くなっただけだ。


 いたい、ジンジンする。


 流石のエルナとはいえ、これを一人で開けるのは無理だろう。


 ちなみに、俺は扉をぺちぺち叩くか扉にちょろちょろ水をかけることしかできないから、戦力には含まれない。


 それと、エルナを鼓舞することくらいは出来る。


「そんなことは分かっています。私が帰りたくないというのにはきちんとした理由があるんです」


「理由?」


「あれを見てください。上の方に見慣れない記号の羅列があるんです。この扉を開くのに何か関係があるのではないでしょうか」


 扉の上方にあって気づかなかったが、エルナが指さす先には確かに見慣れない記号が横一列に並んでいる。


 見慣れない……いや、懐かしい。


 それは、久しぶりに目にする、忘れかけていた記号の羅列だった。


「っていうかこれ、平仮名じゃないか!」


「ヒラガナ……ですか? 知っている……ということは……まさか解読できるんですか!?」


「解読するも何も、これは列記とした言語だからな。ただ読めばいい」


「言語ですか……。この干からびてうねったミミズのようなものが、言語……ですか……」


 失礼な。


 俺からしたらこっちの言語も同じようなものなのだが。


「俺がいた世界で使われていた言語の一つ。日本語だよ。久しぶりだったから少し反応が遅れたが、正しくこれは平仮名だ。うん、間違いない」


「それでは、なんと書いてあるのでしょうか?」


 もう一度、扉の上方に視線を遣る。


 書いてあることは分かるのだが、どうすればよいのだろう。


 これは合言葉のようなものなのだろうか。


「開けゴマ」みたいなノリで声に出して読むのか? 


 いや、合言葉だとしたらこんな目立つところに、それもそのまま刻むものだろうか。


 それに、こんなところに合言葉を書くのなら誰しも最低限の暗号化は試みるはずだ。


 だから合言葉ではない。


 となるとこれは単なる指示だろう。


 記された通りのことをすれば、それがきっかけとなって扉が開くのだ。


 ……でも、これはやりたくないなあ。


 なんというか、人前でこれをしてしまうと己の矜恃を保っていられなくなる気がするというか。


 ふと、隣に立つエルナに視線を移す。


 早く教えろとばかりに顔をこちらに近づけて、好奇心で大きく見開いた翠色の瞳をぱちぱちと瞬かせている。


 そうだ、こいつにやらせようっと。


「エル……」


「はい!」


 ……ナ。俺が名前を呼び終えるのを待たずして発せされた、かなり食い気味な返事がダンジョンに響く。


「なんて書いてあるか知り……」


「知りたいです!」


「それじゃあ、三回回ったあとに『ワン』って言ってみてくれ」


 とは言ってみるものの、さすがのエルナでもこれは恥ずかしくてできないかもしれない


 ……というのは杞憂だった。


 それを聞くやいなや、エルナはなんの躊躇いもなく、ふわりと華麗に三回転するとすぐに


「ワン!」


 はつらつとしてこう言うのであった。


 この間もギルドの真ん中で、生贄になりますとか言って駄々を捏ねる子どものように泣き叫びながら手足をジタバタさせてたし、こいつに羞恥心というものはないのだろうか。


 まあ、今回はその無恥に大いに助けられたわけだが。


「さあ、サト。これで何と書いてあるのか教えてくれるのですよね? 何と書いてあるのでしょうか?」


 ――ゴゴゴゴゴオオォ


 その時、つい先程までは動きそうな気配を微塵も感じさせなかった扉が、恐怖を覚えるほどの地響きを立ててゆっくりと動き始めた。


 まもなくして小刻みな振動が足元に伝わってきて、バランスを崩しそうになる。


「ササササトオォオォ。ひひひららきぎまじたよおぉお」


 エルナが、かろうじて聞き取れるほどに震えた声で言いながら扉を指さす。


「ああああ。あありがとうう。……あれ?」


 小さい頃に家族で山道をドライブした時に車内で味わって以来のブルブル感を楽しんでいたのに、話の途中で止んでしまった。


 残念。


 扉が開ききってしまったようだ。


「実は、エルナのおかげで扉が開いたんだ」


 残念だったが、その落胆が表情や話し方に出ないようにこらえて続ける。


「私が開いたのですか!?」


 ああと首を縦に振る。


 するとエルナは目を大きく見開き口角を一気にあげて


「やったー! 私、いえ私たち、やったんですよ! すごいことをやったんですよ!」


 拳を大きく突き上げながら飛び跳ねるのであった。


 扉が開いたことがよほど嬉しかったらしい。


 俺も嬉しい。


 ひとしきり喜びを爆発させた後、エルナはピタリと動きを止めると、おとがいに手を添えて小首を傾げる。


「ということは、扉の上方には……」


 扉には平仮名でこう記されていたのだ。


『さんかいまわってわん』と。

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