第21話 取り持ちの悲哀

 ふと、エルナの方を見る。


 二人から憧憬の眼差しを向けられているこいつなら、何とかこの一触即発の事態を鎮めることができるかもしれない。


 ――なんて淡い期待はすぐに霧散した。


「はわわわわ」と手をわななかせて、かなり取り乱している様子だ。


 エルナも二人の喧嘩をどう仲裁するべきか考えあぐねているらしい。


 うぅん、仕方ない。


 俺が一人で何とかしなくては。


 考えろ、星川慧。


 いくら高等魔法が使えると言っても、相手はまだ子どもだ。


 そしてこれは果し合いでも、水火の争いでもない。


 今のところは、単なる姉妹の喧嘩に過ぎないのだ。


 若干……いや、かなりの身の危険を感じるが。


 喧嘩は往々にして正義と正義の衝突だ。


 自分の正義と相手の正義が一致しない時、どちらが真の正義であるかを賭けて喧嘩は始まる。


 メアの正義は、魔力の温存。


 ミアの正義は、メアの手助け。


 そして幸いなことに、二人はまだ素直な子どもだ。


 そんな喧嘩を仲裁する手段は、これよりほかないだろう。


「へえ、そうだったのかー! メアは計画性があって頼れるお姉ちゃんって感じだな。いやあ素晴らしい! そしてミアはメアを手伝おうとしたんだろ? ミアは優しいなあ。しかも高等魔法も使えるなんて! いやあ、二人ともすごいよ。うん、本当にすごい」


 そう、両方ともを褒めてやるのだ。


 双方の正義を認めるのだ。


 褒められて嬉しくない人など居ない……はず。


 ――などと考えながら、恐る恐る二人に目を向ける。


「「えへへぇ、そうかなあ」」


 ちょろっ。


 案の定二人とも口角を一気にあげて、褒められた喜びが露骨に顔にあらわれている。


「さすがですサト! お二人ともを褒めるなんて。私には思いつきもしませんでした。感服です!」


「あっ、ああ。そうだな。ありがとう」


 それほどの称賛に値するようなことはしていないつもりだが、褒められて嬉しくない人などいない。


 もちろん俺も嬉しいので、ここは素直に褒められておく。


「魔法ではお二人に到底及びそうもない、魔力値が最低のサトだからこそできたことですね!」


「ん?」


「え?」


 バカにしてんのか前言撤回……と言いたいところだが、エルナが何やら不思議そうに小首を傾げてこちらを見ている。


 まるで、「私、何か失礼なことでも言いましたか?」と言いたげな表情だ。


 この様子から察するに、エルナに俺を貶めようとか愚弄しようとかいったつもりはまったくなかったらしい。


 つまり、俺はエルナから単に褒められたのだった。


 別に嘲られたわけではなかった。


 俺は少しばかり、魔力値が低い事を気にしすぎていたのかもしれない。


「いや、なんでもない。俺の勘違いだったみたいだ」


 エルナは目をぱちぱちと瞬かせると、不安げに「はあ……」とだけ言った。


 もしかして俺、せっかく褒めてやったのに殆ど喜びやがらない変なやつだとか思われてる?


「まあとにかく、サトはすごいんです!」


 エルナは腰に手を当てると、得意げな顔で胸を張った。


 まるで自分の事を誇っているかのように、自信に溢れた表情だ。


 そんなに褒められると、何だかこっちが恥ずかしくなってくる。


「じゃあ。ミアの魔力無くなりそうだから私たち帰る」


 ちょっと待ってよ。


 今、珍しくも俺が褒められてるんだけど。


 すっごく嬉しかったんだけど。


 異世界で、何やら訳ありげではあるが美少女な高等魔法使いのパーティメンバーに褒められるなんて願ってもない事なんだけど。


 こんなシチュエーション、日本にいたら絶対有り得ないんだけど。


 最高なんだけど。


「あら、そうでしたか。せっかくお会いしたばかりなのでもう少しお話したかったのですが……」


「遊びに行ってもいいけど、日が暮れるか魔力がなくなって動けなくなる前に帰ってきなさいって、マリナに言われてる」


「私も帰りたくないけど、帰らないとマリナに怒られる。マリナ怒ったら怖い。この前も怒られた」


「マリナさんですか……。何だか懐かしいです」


 エルナが、追想にけるご年配のような調子で答える。


 おいおいそこの三人、俺をのけ者にしないでおくれ。


 もう少し褒められた喜びの余韻に浸りたいという俺の願いとは裏腹に、話は俺を置いてどんどんと進んでゆく。


「ありがとうエルナ。私もエルナみたいな魔法使いになりたい」


「私もメアと同じ。それと、今度ソーマの国に遊びに来てほしい。サトも連れてきていいから」


 なんだ、俺はエルナのペットか何かなのか?


 あの二人には俺がそんなふうに見えてるのか?


「そうですね、機会があれば私も久しぶりにあちらのほうへ行ってみたいです」


「じゃあ、やくそく」


 ミアが小さな右手の小枝のように細い小指をエルナのほうに差し出すのだが、


「ごめんなさい、今指を怪我しているので……」


 切なさとやるせなさが混ざったような表情で、エルナはやさしく断るのだった。


 さっきの暴風に巻き込まれて飛んできた瓦礫で怪我でもしたのだろうか。


 仮にそうなのだとしても、さっきの【治癒】で治せばいいのに。


 ミアは少し残念そうにポツリ、「そう」とつぶやく。


「それじゃあミア、帰るよ」


 メアが手を取ると、ミアはこくりと頷く。


「我らをマリナの所に転移せよ――【転移】」


 手を繋ぐ二人の足元に魔法陣が顕現けんげんし、ダンジョンの中がかなり明るくなる。


「「ばいばーい」」


 双子の姉妹がそれぞれ、繋いでいない方の手を子どもらしく大きく振る。


「お元気で。短い間でしたがお話が出来てとても楽しかったです!」


 エルナが、小さく手を振り返す。


「おう! じゃあ……」


 な。


 俺が言い終えるのを待たずして、二人は一瞬にして魔法陣の上から姿を消した。


 二人がいなくなったダンジョン中を、静寂が駆け巡る。


 見かねたエルナが、俺の肩にそっと手を置く。


 ――うぅっ、悲しい。

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