第20話 邂逅とけんか

 半透明の塁壁るいへきに大の字で張り付いているのは、他ならぬ二人の少女であるからだ。


 それからすぐに風は弱まり、二人の少女は半球上を滑り落ちる。


「ぐふっ!」


「ぐはっ!」


 エルナは大慌てで塁壁を解除して二人のもとへ駆け寄って行く。


 もちろん俺も、ついて行く。


「大丈夫ですか? 擦りむいちゃってますね。世に遍満へんまんしたる生命の源が、なんじの傷を癒さん――【治癒】」


 瓦礫がれきが頬をかすって怪我をした一方少女の頬の傷に手をかざすと、エルナはそう唱えた。


 エルナの手がほのかに光り、手を離したときには頬の傷は完全に消えていた。


「ありがとう。お姉ちゃん」


「すごい、回復魔法使えるの」


「「私たちはまだ勉強中」」


「えへへへ。そんなことないですよお。えへへへっ。うへへへっ!」


 ドヤ顔で謙遜するな。


 謙遜するなら謙遜らしく謙遜をしろ。


 とはいえ、回復魔法はそれが使えれば一人前と言われるほどに難しいと聞いたことがある。


 回復魔法が存在するのは中等魔法からで、基礎、初等の回復魔法はないのだと。


 と、二人の少女はおもむろに立ち上がって、互いの服についた汚れをはたきあった。


 どちらも、着物を模したドレスに羽織を羽織っていて、和装を想起させる服装をしている。


 日本にいた頃は、和服になんて少しも興味がなかったが、今はとても懐かしく感じる。


「私、メア。ミアのお姉ちゃん」


 初めに口を開いたのは、肩口で切り揃えられた桜色の髪の少女だった。


 身長は俺の胸あたりだろうか。先程エルナに治癒をかけられた肌は、絹のように滑らかだ。


「私、ミア。メアの妹」


 続いて口を開いたのは、メアと瓜二つの少女だった。


 体格もお姉ちゃんのメアとほとんど違わないし、おそらく双子だろう。


 髪の色が薄萌葱うすもえぎなので、かろうじて見分けがつく。


「「よろしく」」 


 メアとミアは声を揃えて、膝丈ほどのスカートの裾を持ち上げると、ちょこんと膝を曲げた。


 その動きもまた、ピタリと揃っていた。


「私はエルナと申します。よろしくお願いします!」


「「おおー!」」


 エルナが挨拶すると、二人は目を輝かせて歓声をあげる。


 羨望と尊敬が入り交じった目だ。


「お二人ともそっくりでとても可愛いですね。双子ですか?」


「うん、双子。でも私がお姉ちゃん」


「うん、誕生日が一緒。でも私が妹」


 やっぱり、俺の読みは正しかったようだ。


 髪色が桜色のメアが双子の姉で、薄萌葱のミアが妹。


 そういえば、俺も二人に自己紹介しておかないと。


「俺は星川慧だ。サトって呼んでくれ。よろしくな」


「「……分かった」」


 なんだよ。分かった――って。


 この二人、俺にはまるで興味が無いようだ。


 まあ無理はない。


 俺は特別な魔法が使えるでもないし、かと言って力が強そうなわけでもない。


 ――でも、こればかりは二人の気を引くのに十分なインパクトがあると自負している。


「俺、異世界から来たんだ」


「異世界?」


 メアは、顎に手を当てて少し考える素振りを見せると、こう続けるのだった。


「ソーマと一緒」


 ミアが続く。


「リョータローと一緒」


「ソーマ? リョータロー? 一体誰なんだい? それ」


「私たち、ソーマの国から来た。ソーマ、いっぱい昔にその国作った」


「リョータロー、私たちの国作ってくれた。だからソーマの人みんなリョータロー大好き」


 どうやら二人は、コルネリアス王国でもエルラルド連邦でもない、ソーマの国というところから来たらしい。


「ああ、お二人とも東部ソーマ国からいらっしゃっていたのですか。あの国は異世界からやってきた救世主――リョータロー・ソーマさんが、一世紀ほど前にいくつかの小国に呼びかけて建国なさったんです。ソーマさんは既にお亡くなりになったのですが、人界の国家としては最も新しい国家で、ちょうど人魔境界の辺りにある国なんですよ」


 エルナは得意げな様子で、東部ソーマ国の沿革を手短に話した。


 人魔境界といえば、人族と魔族の領地の境界線のことだったっけか。


「へえ、そうなのか。にしてもエルナ、やけに詳しいな」


「はい、この国には以前お友達がいましたので」


「魔族、最近よくソーマの国に来る。私たち、なんとか追い返す」


「人界侵略しようとしてる。だから人族を攻撃しに来る。魔族嫌い」


 そういえば、ミラも手紙に書いてたっけか。


 ギルド受付のユーリアさんも言っていた。


 神器を扱えるものがいない――すなわち魔族の侵攻を阻害するための最たる象徴が不在の状態では、魔族に怖いもの無しというわけだろう。


 魔族領を人魔境界付近からじわじわと広げ、ゆくゆくは人界を支配したいのだと考えると、境界付近に位置する東部ソーマ国に侵攻してくるのもうなずける。


「そうでしたか……」


 それから少しの沈黙を破ったのはエルナだった。


 浮かない顔でポツリと呟いた。


「ところで、どうして二人は飛ばされてきたんだ? もしかしてこの先に、宝を守護したるドラゴンとかがいたりするのか?」


 二人は目を合わせて小首を傾げる。


 呆れたように口を開いたのはメアだった。


「知らないの? このダンジョン、ドラゴンなんていない」


 そしてミアが続く。


「扉が開かないから、メアが弱っちい魔法で壊そうとした」


「そしたらミアがいきなり大っきい魔法使った。だめって言ったのに」


 メアは眉間にしわを寄せて明らかに不機嫌な様子で、妹のミアを指さす。


「だってメアが使う弱っちい魔法じゃ、全然開かなかったんだもん」


「でもミアの魔力もうほとんど残ってない。壊れなかったし、壊せてても意味ない」


「だけどこの前覚えたばっかりだったからメアを手伝うのに使いたかったんだもん【爆砕】……」


「高等魔法は魔力いっぱいいるから使っちゃだめって言ったのに」


 メアがお姉ちゃんらしく両手を腰に当てて、頬を大きく膨らませる。


 どうやら魔力温存のために、魔力消費が大きな魔法を使わないよう事前にミアに釘を刺しておいたにもかかわらず、ミアがそれを無視して高等魔法を使ったのが気にくわなかったらしい。


「だって。だってだってだって……」


 ミアが薄萌葱の瞳に涙を溜めて鼻をすすり、今にも泣き出しそうな様子で声を震わせる。


 覚えたての高等魔法でメアを手助けしたかったのだろう。


 覚えたての魔法を使いたくなるその気持ちは十分にわかる。


 俺も【湧水】を連射しまくって二回ほど卒倒した。


 にしてもやばい、話を変えるために適当に振った話題を皮切りに姉妹喧嘩が始まってしまった。


 気圧されてしまうほどの物凄まじいオーラが、小さな二人を覆っている。


 しかもさっき高等魔法って聞こえたぞ。


 この稚い子どもたちが? 


 たぶんこれ、放っておいたらやばいやつだ。


 二人の怒りを何としてでも収めなくては。


 万に一つでも喧嘩が戦闘に発展して、流れ弾を浴びたならば、俺は――死ぬに違いない。


 それも即死だ。

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