第19話 ふらぐ

 ――現在ダンジョン三階層


「それにしても、情報通り凶暴そうなモンスターはいないんだな。今まで出会ったのはジャッカロープと小さめのスライムだけだし」


 先行するダンジョン攻略部隊がある程度片づけてくれているということもあるのだろうが、数も多くはなかった。


「本当ですね。私ももう少し強いモンスターが出てくるのではないかと身構えていたのですが……少し残念です。それに、このダンジョンはアンデッドの気配も全く感じられません」


「アンデッドか……。エルナって霊感あるのか?」


「はい、人並にはあるかと思います。大抵の霊は見えますし、お話ができることもあるんですよ。念話なんですけどね」


 あたかも霊が見えることが当然であるかのような調子で、物凄まじいことを言う。


「話せる!? それはすごいな」


「えへへ、それほどでもないですよ」


 心なしか、周囲を照らす明かりが一瞬だけ明るくなったように感じられた。


「今朝も、鳥車ちょうしゃでサトが眠ってしまって暇だったので、サトの隣に座っていたアンデッドの方とお話ししました」


「ぬっ!?」


 鳥車に手を振りながらエルナが言った「またお話しましょうね」は、御者でなく俺の隣に乗っていたアンデッドに向けたものだったらしい。


 世の中、知らない方が幸せなこともあるのだと、異世界に来てようやく実感した。


 そんな他愛もない話をしながら、いや、間違えた。


 そんなおぞましい話をしながら、俺たちはさらに奥へと歩を進める。


「そしてなんだ、三階層の入口からずっと壁に貼ってあるこの矢印は? 順路をこうも丁寧に示してくれるダンジョンが他にあるか」


 分岐も増えてきて、ようやく難攻不落の片鱗を見せ始めたかと思われた三階層の入口からずっと、壁に矢印が刻印されている。


 それも数メートルおきに。


 初めは、何かの罠なのではないかと警戒していたのだが、このダンジョンの造りは、ダンジョンと呼ぶには抵抗があるほどに単純であるうえに、エルナに引き留められながらあえて矢印の指さない方を選んでみてもその先は壁だったし、「こちらではありません 順路を守ってください」の張り紙があるだけ。


 それでいてトラップは一つもない。


 ――観光地か、ここは。


「この調子で行けば、私たちにでも余裕で攻略できそうな気がします。そうして地上の人たちを、特にあの見張りの方を見返してやりましょう」


「あまり気を抜くなよ。油断大敵だ」


 このダンジョンからは今のところ、難攻不落たる所以ゆえんを微塵も感じられない。


 ここまでは、各階層の複雑さといいモンスターの種類と数といい、元の世界でやっていたRPGに登場するダンジョンの方が、うんと難しい。


 しかし油断は禁物。


 低階層をあえて簡単にすることによって冒険者の油断を誘っているのかもしれない。


 それにしても簡単すぎる気もするが……。


 いけない、さっき油断は禁物だと言ったばかりだろうに。


「あっ、そういえば私、このダンジョンを攻略したらサトとやってみたいことがあるんです!」


「……おいエルナ。私たちにでも余裕で攻略できそうだの、攻略したらやりたいことがあるだのと、さっきからそういうのは俺がいた世界でフラグと呼ばれていてだな、フラグを立てた者は大半が良くない結果に終わるんだ。だからしばらくの間、フラグを立てないように口を慎んでくれ」


「へえ、ふらぐですか。サトのいた世界にはそういった伝説があるのですね。とても興味深い話です! 帰ったら、もっと詳しく聞かせてください。あっ、でも大丈夫ですよ。どんな敵が来ようとも、サトのことは魔法使いである私が守りますから! 私に任せてください!」


 得意げに胸を叩くエルナ。


 駄目だ。こいつ、フラグ乱立機だ。


 俺からの忠告など全くの無意味であったらしい。


「はあ、もういいよ。好きにし……」


 その瞬間、奥から何やら微かな物音が聞こえてきた。


 何かがバンッと衝突したような小さな音が。


 それも何度も、不等間隔で。


「聞こえるか? エルナ」


「はい……聞こえます。なんでしょうか、この音。段々と大きくなっています」


 ――ドカンッ


 次の瞬間、なんの前触れもなく、これまでの音の比ではない音、耳を聾するような爆発音が響いた。


 暗闇の先から響いてくる音は次第に大きくなり、瞬く間に轟々たる地響きのようになった。


 それに呼応して、ダンジョン内が立っていられないほどに大きく揺れ始める。


「我々に降りかからんとする森羅万象一切の厄災から我々を守りたまえ! ――【塁壁】!」


 右手を素早く前に突き出し、そう唱えたのはエルナだった。


 その刹那せつな、足元には俺たちを囲むように複雑な翠色すいしょくの魔法陣が現れる。


 そこから翠色半透明のドームが、足元から天辺へと素早く形成され、俺たちを覆った。


 ダンジョンの中には轟音と共に暴風が吹きすさぶ。


 暴風に乗った大小様々な瓦礫がれきが、エルナの張った塁壁にドンと鈍い音を立てて次々と衝突する。


「なんだよ! いきなりハードモードかよ!」


「危ない所でした……」


「「…………わーーーーーー!」」


 ――バンッ


「いて!」


 ――ガンッ


「いた!」


 思いもよらないものの衝突に、俺とエルナは、しばらくの間言葉を失った。

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