第18話 お昼ご飯

 ――現在ダンジョン一階層


「暗くてよく見えませんね。そして何だか湿っぽいです。煌々たる光よ、常闇のしるべとなれ――【燭光】」


 エルナがそう唱えると、指先から小さな光の球が現れて、辺りをほのかに照らした。


 なにこれカッコいい。

 

 【燭光】か。


 懐中電灯として重宝できそうだな。


 俺にも使えそうなら後で教えてもらおう。


「それよりサト! ただでさえ魔力値が低いのに、あんな所で魔法を使っちゃって良かったんですか?」


 魔法で辺りを明るくするやいなや、隣を歩くエルナが呆れた様子で尋ねてくる。


「ああ、あれは俺たちの沽券こけんにかかわる問題だったからな。やむを得ない」


「うふふっ。実は私もかなり頭にきていたので、サトのおもらし偽装作戦を見てすっきりしました。ありがとうございます」


 エルナは、どこか嬉々とした声色で言う。


 薄暗くて隣を歩く彼女の表情はよく見えないが、恐らく笑っている。


 経験則からして、帰りも歩かねばならないことを考えると、俺が魔法を使えるのは残り数回といったところだろうか。


 今になって、貴重な一発を使ってしまったことに若干の後悔の念を覚える。


 ――その時だった。


 俺たちの行く先から、何やら甲高い音が響いてきた。


 モンスターの鳴き声だろうか。


 俺たちの間に、緊張が走る。


 隣を歩くエルナと顔を見合わせる。


「モンスターでしょうか……」


 そうしている間にも、モンスターの鳴き声と思しき音は次第にこちらへ近づいてくる。

 

 窮屈なダンジョンの通路には、ただうすら恐ろしい鳴き声だけが反響している。


「よし、静かに近づくぞ。絶対に音を立てるなよ」


 できる限り小さな声でエルナに伝える。


 ここで慌てて音を立ててしまえば、モンスターを刺激することになりかねない。


 そうして慎重に一歩踏み出そうとしたところで、


 ――グゥゥゥ……


 誰かの腹が大きく鳴り、ダンジョン中にその音が響き渡った。


 俺ではない。


 ……エルナだ!


「えへへへ……。お腹が空きました」


 その瞬間、暗闇の底からキューと大きな鳴き声を上げながら、白い塊がエルナを目掛けてすごい速度で飛び出してきた。


 モンスターだ。


「……! エルナあぶな……」


「炎炎たる炎よ、彼の者を覆い尽くせ――【炎火】!」


 エルナが早口で唱えると同時、その手のひらからは火球が飛び出し、辺りが一気に明るくなる。


 火球はそのまま直進し、白い塊を瞬時に包み込み火力を増した。


 モンスターがキューと弱々しい声を上げる。


 頬のあたりに燃え盛る炎の熱が感ぜられる。

 

 間もなくして炎の塊は、俺たちの足元に落下した。


「サト! 消火をお願いします! 早くしないと焦げてしまいます!」


「あっ、ああ! 清冽たる水よ、我が手掌より奔出せよ。――【湧水】」


 エルナに言われるまま、地面に落下してもなお燃え盛る炎をめがけて水を放つ。


 ジュウと音を立てて、炎は収まった。


 水蒸気がはけてからエルナと二人で、今はこんがりと焼けているモンスターを覗き込む。


 細かいところは良く分からないが、大きさといい大きな耳といい、ウサギのような見た目をしている。


 ただ、一つだけ俺が知るウサギと違うのは、額から一本の角が生えているところだ。


「見てくださいサト! おいしそうに焼けました、ジャッカロープの丸焼きです! さあ、お腹も空いてきたころですし、ここでお昼ご飯にしましょう」


 地面に落ちたジャッカロープとやらの角をわし掴みにして自分の顔の隣まで持ち上げると、エルナは目を輝かせて言うのだった。


 本当にどうして、多くのパーティから追い出され続けてきたのだろう――と不思議に思う。


「そっ、そうだな。食べようか……昼飯」


「はい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る