第13話 色々な心配

 今、小さなテーブルを挟んだ俺の目前には、ブロンドヘアの美少女が一人座っている。


 翠色すいしょくの瞳をキラキラと輝かせながら、俺が出したパンとクロッドリザード肉の香草焼きを両手にそれぞれ持って、なんの疑いもなく交互に貪り食っている。


「それで、俺のパーティに入りたいっていうのは本当なのか?」


「ほひ! ははひはほひはははんほはーひーひひはひひはふへ……」


 破裂せんばかりに膨らませた、まるでリスのような頬がモゾモゾと動いているだけで、何を言っているのか全く聞き取れない。


「すまない。飲み込んでから話してくれないか。それじゃあ何も聞き取れない」


「ほひ!」


 大きく頷いて返事をすると、頬に貯めた食べ物を一度に水で流し込んだ。


「はい! 私はホシカワさんのパーティに入りたくて参りました。申し遅れました。エルナ・トレナールと申します。私のためにこのような食事まで用意していただいて、本当にありがとうございます」


 言い終えると、エルナはパンを盛った大皿に手を伸ばす。


「目の前で倒れられたら誰だってこうするよ。ところで、その格好から何となく察しはつくんだが、念の為職業を聞いても……」


「レベル12の魔法使いです。高等魔法まで使えます! 攻撃も援護もお任せ下さい! だから私をホシカワさんのパーティに入れてください!」


 ずいぶんと早口で急いでいるようだが、誰かに命でも狙われているのだろうか。


 いずれにせよ、基礎魔法の習得すら危ぶまれる俺にとって、高等魔法の使える魔法使いは喉から手が出るほど欲しい人材であったので即採用だ。


 高等魔法ってかなり凄いんじゃなかったか。


 それに、いつかは魔法も教えて欲しい。


「よし! 分かった、採用だ。というか俺からお願いしたいくらいだよ」


「本当ですか!? やったー!」


 エルナは宝石のような目を大きく見開いて、手に持っているパンを一気に口へ詰め込むと、両手を勢いよく、そして高くつき上げる。


「実は、ここが最後の頼みの綱だったんですよ」


「……どういうことだ?」


「実は私、色々なパーティから追い出され続けて、長い間収入がないままだったんです」


 食べ物を持つエルナの手が、ピタリと止まる。


「そんな時に、たまたま他の貼り紙に埋もれたホシカワさんのパーティメンバー募集の貼り紙を見つけたんですよ。リアさんに尋ねてみると、異世界からの転移者であるにも関わらずかなり長い間加入希望者がいなかったようだし、ここならいけるかもと思ってここに来たんです」


 随分と正直に話してくれた。


 ここまで正直だと逆に清々しくも感じる。


「……そうか。で、リアって言うのは誰だっけ?」


「ユーリアさんですよ。ギルドの。ほら、ホシカワさんの担当だって言ってましたよ」


 ああ、あの落ち着いたお姉さんのことか。


 しかし、高等魔法を使えるいかにも優秀そうな魔法使いをパーティから追い出すなんて、この世界の冒険者の連中はもったいないことをするものだ。


 まあ、そいつらのおかげで彼女が俺のパーティに来てくれたわけなのだが。


「まあいいや、改めてよろしく。今日からはパーティメンバーなんだから俺のことはサトって呼んでくれよな」


「はい! ホシカワ……いえ違いました。サト、よろしくお願いします!」


 エルナが屈託のない笑みで俺の名前を呼ぶ。


 パーティメンバーとはいえ、出会って数時間も経っていない美少女から下の名前を呼ばれると、少し照れくさい。


「それと、家を教えてくれないか? パーティメンバーともあろうものが互いの家を知らないのは色々と不便だから」


 話が終わる頃には、皿いっぱいに盛ってあったパンも料理もほとんど無くなってしまっていた。


 エルナは満腹になったらしく、すっかり元気を取り戻した様子だ。


「はい……。サトさん、その事でもう一つお話……というか相談……というかお願いがあるのですが」


 エルナが、言葉を選びながらどこか申し訳なさそうに言う。


「どうした? 俺にできることなら手伝うよ」


「あの、その……わっ、私を、こっ、この家に住まわせてください!」


 予想外の言葉に意表をつかれて、飲みかけていた水を噴き出してしまう。


 窓から差し込む光と相まって、テーブル上に虹がかかる。


 わあ綺麗、とエルナ。


「家!? 住まわせる!? 泊まるんじゃなくて? どうしてそうなるんだよ!」


「私、お金に困って自分の家を売り払ってしまったんです。だから住む家がなくて……最近は広場で野宿をしていました」


「野宿……か……」


 改めて目前に座るエルナを見てみる。


 ブロンドの髪はビロードのように艶やかでまとまった猫っ毛で、衣服にはほつれどころかシワまでもほとんど見当たらず、大変きれいに保たれている。


 広場で野宿をしているようには、とても見えない。


「ああ、といってもお風呂は毎晩入ってましたよ。町の広場にある噴水なんですけどね」


 そういうことかと納得していると、ふと、あるクエストのことが思い出された。


 噴水、魔女、毎晩…………。


 ギルドに入って右手の掲示板に貼られていた、依頼クエストの中の一枚のことが……。


「エルナ、お前多分“噴水の魔女”として討伐対象にされてるぞ」


「噴水の魔女ですか。………………! えっ!? 本当ですか?」


 まさか自分が討伐対象だったなんて、想像だにしていなかったのだろう。驚いたように目を丸くする。


「これまでは何ともなかったのか?」


「そういえば、突風に吹き飛ばされそうになったり、上から火弾が降ってきたり、噴水がいきなり凍って氷柱が降ってきたりしたことがありました。どれも防御魔法で無傷でしたよ」


 よく生きてここまで来られたなと感服する。


 続けて、エルナに噴水の魔女の討伐か撃退依頼の話をする。


「あれ、私のことだったんですか。私も毎晩噴水に行くし、一人でクエストを受けられないにしても、捕まえて持っていけば報酬の半分くらいは貰えるのではないかと思って、必死で探していたんですが……」


 ここへきて、エルナが様々なパーティから追い出され続けてきた理由が垣間かいま見えた気がする。


 だからといって、エルナをこの家に住まわせて良いものなのだろうか。


 それになんと言っても異性を、それも初対面の美少女を家に住まわせるなんて。


 第一にこの家は狭いし……何が起こった時にはもう遅いと言うか何というか。


 いや、決して後ろめたいことなど微塵も考えていない。


 そう、決して。


「今朝掲示板を見たら、報酬が五倍近くになっていたので残念です。確か百万ラミーくらいでした」


「よし、エルナ。家に住みなさい」


 今ここで明日をも知れぬ状態のエルナを追い返したら、彼女は恐らく近いうちに、どこかの冒険によって噴水の魔女として討伐されてしまうだろう。


 何たって百万ラミーもの大金が賭けられているのだから。


 俺が一日働いても、稼げるのは五千ラミーが限界だ。


 つまり百万ラミーがあれば、単純計算で二百日は働かなくて良いことになる。


 今ここで彼女を倒してしまおうかともよぎったが、レベル3の回収者に高等魔法使いを倒せる自信など無いので、やめておく。


「いいんですか!? サト、本当にありがとうございます! これでもう、コケを食べなくていいんですね!」


 エルナは大きな瞳をさらに大きく見開いて輝かせながら、テーブルに乗り上げると俺の手を取ってそう言った。


 食べる物がないからってコケなんか食ってたのか、こいつ。


「最近、城壁のコケが少なくなってきていて困ってたんです。そうそう、ただ住まわせてもらうだけでは気が引けるので、この家の家事はすべて私におまかせください。料理だって洗濯だって掃除だって何でもします!」


 思いがけない福音だ。


 ここは彼女の厚意に甘えさせて貰うとしよう。


 そして俺は、知らず知らずのうちに彼女の食事を削っていたらしい。


「それは助かるよ。エルナも、ここを自分の家だと思って好きなように使ってくれ」


「はい、お言葉に甘えさせていただきます!」


 満面の笑みを浮かべてそう言うと、エルナは手早に大荷物の荷解きを始めた。


 それが終わる頃には、ただでさえ狭い家の中が、山積された洋服やら魔法に関する分厚い本やらによってさらに狭く感じられるほどになった。


 そして俺は、エルナの荷物の中に、家に居候するつもりで来たのならば持って来ていて当然である、ある物が無いことに気づいた。


「エルナ、そんなに大荷物なのに布団の類いが一つもないじゃないか」


「私、しばらく外で寝ていたじゃないですか。そうしたら、どこでも眠れるようになったんです。今は立ったまま眠ることだってできるんですよ。だから、寝床の心配は無用です。雨風から私を守ってくれる壁と天井があるだけで十分なのです」


 腰に手を当てて大きな胸を張り、何やら自慢げな様子だ。


「本当にそうならいいんだが……」


「あの……サト。早速ですが私、お風呂に入りたいんです」


「本当に早速だな。風呂ならそこにあるよ。でも、水しか出ない。不便だよな」


 言いながら、風呂場の入口を指さす。


 この世界には水道は通っているようなのだが、ガスやら電気やらは通っていないようで大変不便している。

 

 毎日水風呂に絶叫し、晩はロウソクのほのかな明かりを頼りに生活している。


「サト、もしかしてこの家の魔力が切れているのではないですか? 最近、魔力の補給はしました?」


「魔力? 補給? なんの事だ」


「まさか知らないんですか? 配魔力盤に魔力を溜めておくと、夜は家の中が明るくなりますし、お湯も使えるようになるんですよ」


「なんだって!? それは初耳だな。今までの苦労はなんだったんだよ。それで、配魔力盤っていうのは?」


「建物中に魔力を循環させるためのもので、大抵はお風呂場に設置されているんです。お風呂に入るついでに、私が魔力を込めておきますね」


 そう言い残して、エルナは鼻歌交じりに浮かれ足で風呂場へ行ってしまった。


 話を聞くに、配魔力盤は配電盤のようなものなのだろう。


 それにしても、魔力というのはこの世界で思った以上に重宝されているらしい。


 俺も早く使いこなせるようにならなくては、と思うが魔力値の低い俺でも大丈夫なのだろうかという不安にさいなまれる。


 今回のところはエルナがやっておいてくれるらしいのでお願いしておこうっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る