第12話 安眠妨害は大罪

 この世界に来てどれくらいが過ぎただろう。

 

 結構過ぎた。


 言えることはこれだけで、もはや覚えてなどいない。


 今日は久しぶりの休日。


 早朝、いつもと同じ時間にふと目が覚めたのだが、何をする必要もない。


 好きなだけ寝ていられるのだ。


 この世界での生活は予想外の連続でかなり疲れるが、それはそれで楽しく暮らしている。


 充実からくる疲れと虚無きょむからくる疲れとでは、前者の方が心地よいのは言うまでもない。


 もっとも、なにか大切なことを忘れてる気がするのだが……。


 思い出せない。思い出したくもないようなことなのかもしれない。


 まあ、その事をどれだけ考えたところで思い出せない以上無駄なことなのだから、今はどの体勢が一番眠り心地がよいのかあれこれ試す事に専念するべきだろう。


 ――ドンドンドン!


「すみませーん」


 木製のドアがやかましく叩かれ、外から若い女性の声が聞こえてくる。


 せっかくの休日だというのに、俺の安眠を妨害しようとするやつがいる。


 朝早くから町外れの野原にある古小屋に何の用があるというのだろう。


 どうせまた、訪問販売か、何かの勧誘に違いない。


 そういえばこの間、訪問販売員がすすめてくれた魔力値が大幅に向上するツボを買ったのだが、まだ効果がないみたいだ。


 遅れて効果が出るタイプなのだろうか。


 とにかく俺は、まだ家主が寝ている時間に押しかけてくるような非常識極まりない訪問販売員から物を買う気はないし、怪しい教団に入ってミラとかいう神に恵みをうこともしない。


 だからここは居留守で切り抜けることにする。


 ――ドンドンドンドンドンドン!


「すみませーん」


 布団にもぐり込んで、ドアを叩く音がなるべく聞こえないように耳をふさぐ。


 ――ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!


「すみませーん! ホシカワさーん!」


 無視の回数を重ねるほど、ドアが叩かれる音は大きくなり、ノックの回数も増加する。


 ノックと言うより、これはもはや殴打だ。


 ったくもう……さっさと帰ってもらおうっと。


 根負けした俺は、重たい体を起こしてドアを開く。


「あっ! ようやく出てきてくれま……」


「何だよ朝からうるさいな! 朝っぱらから訪ねてくるようなやつからは何も買わないからな! 一昨日来やがれ!」


「えっ、いえ、違います。私は商人ではありません。ですから私の話を少し……」


「俺は今日休みなの! 久しぶりの休みなの! たくさん眠りたい休みなの! 神なら会ったことはあるが信じないぞ! これでいいか! さっ、今度こそ帰った帰った! それじゃーねっ!」


 言い放ってドアを閉めようとしたが、あと少しのところで、訪問者がすき間に足を挟み込んできた。


 これでは閉めようにも閉められない。


 続いて半開きのドアの縁に手がかけられ、かなりの力でドアが引かれる。


 俺も後ろに体重をかけて必死に抵抗する。


「きいいぃぃ……待って……くだ……さい。私は……入りたいん……です」


 訪問者が、力んだ様子で息を切らしながら言う。


「いや! ダメだ! 俺の安眠を妨害するようなやつは意地でも入れないからな! 安眠妨害罪で告訴するぞ! これは八つ目の大罪だからな!」


「私はホシ……さん……の……。ホシカワ……さんの……パーティ……に……。入り……たいん……です!」


「え?」


 瞬く間に、忘れかけていた大切なことが思い出される。


 ――そうだ、神器を集めなきゃ…………!


 この世界での本来の目的を完全に失念していた。


 同時に、驚きのあまりいきなりドアから手を離してしまった。


 訪問者が後ろにこける、俺も尻もちをついてしまう。


 古小屋に鈍い音が響き、彼女はうぐっと声をあげた。


「痛たた……」


 訪問者は、お尻を抑えながら立ち上がると、着ている服をやさしくはたいた。


 自然なブロンドの髪は腰の辺りで切りそろえられていて、額の右上辺りに魔女の帽子のような髪飾りをつけている。


 服装は彼女の翠色すいしょくの瞳と同系統の色で統一されていて、その上にはローブを羽織っている。


 年齢は見たところ俺と同じくらいだろうか。


 そしてかなりの大荷物だ。


 俺も立ち上がって、聞き間違いかもしれないと彼女に尋ねてみる。


「すまない。今、なんて……?」


「はっはっはっ、初めまして! あっ、あの……私をホシカワさんのパーティに入れて欲しいんです!」


 初めは俺をからかいに来たのかと思ったが、俺にまっすぐ向けられた翠色の瞳の輝きを見るかぎり、彼女は本気らしい。


 そんなにまっすぐ見つめられると、何だか照れてしまう。


 その時、


 ――キュルル


 と彼女の腹が小さく鳴ったのが聞こえてきたかと思えば、彼女はそのまま膝から倒れ込んでしまった。


「おい! 大丈夫か!?」


「お腹が……空きました」

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