第11話 早く来るといいな

 まさか、異世界に来てからもアルバイトをすることになろうとは、あの時の俺には想像もできなかった。 


 パーティメンバーの募集をかけてからかなりの日数が過ぎるが、まだ誰一人としてパーティ加入希望者があらわれない。


 普通なら、遅くとも三日でパーティ加入希望者が現れると聞いていたのに――だ。


 他のパーティに入るという手もあるそうだが、そうは問屋とんやがおろさなかった。


 回収者コレクターなんていう聞きなれない、いかにも弱そうな職業名に、魔力は最低ランク、その上レベルは低い。


 そんな青年なんぞをこころよく迎え入れてくれるパーティが一つもなかったのだ。


 募集をかけているパーティをかたっぱしから当たってみたが、どこも門前払い。


 “こう見えて知力はかなり高いですよ!”と愛想よくアピールはしてみたものの、冒険者に知力なんてもの必要ないと突き返された。


 しまいには、転移者のくせに弱すぎると転移詐欺師のレッテルを貼られるし、もううんざりだ。


 だから、自分で募集をかけざるを得なかったのだ。


 募集条件は「誰でも」にしていたはずなのに、ギルドに募集の貼り紙を貼ってから待てど暮らせど一人の希望者も現れない。


 一人でのクエスト挑戦は許可されていないから、パーティ加入希望者が現れるまでは、クエストは受けられない。


 すなわち収入を得られない。


 そこで希望者が現れるまで少しの間ならと、ギルドの落ち着いたお姉さんから紹介してもらった日払いの城壁清掃の仕事を始めたのだったが、こんなに続けるはめになるとは……。


 三日で辞めるつもりだったのに。


 希望者の有無を確認するために、毎朝必ず仕事前にギルドへ立ち寄る俺に、他の冒険者のみならず落ち着いたお姉さんまでもが哀れみの視線を送ってくるようになってしまっている。


 そろそろ恥ずかしくなってきた。


 まあ、バイトが楽しくないというわけではないし、悪いことばかりでもない。


 少しいいこともあった。

 

 単純労働だけでも、なぜかレベルが3まで上がったのだ。


 城壁に巣を張る虫たちを潰していたからだろうか。


 それに、転移特典のタワシはただのタワシではなかったらしく、城壁に付着したコケや泥や雨だれの跡の汚れなんかも、このタワシで優しくなでるだけで完全に落ちるのだ。


 神界のタワシには神の加護でも付与されているのだろうか。


 お陰でかなりラクできている。


「ボウズ、今日も精が出るな!」

「これから一雨降りそうっすよ。お気をつけてー」

「お兄ちゃん今日もありがとうねぇ」


 今日も今日とて城壁の内側を掃除していると、色々な人が話しかけてくれる。


 この町では「お掃除上手のサト」の名で知られるようになってしまった。


 救世主でも大魔法使いでもなく、城壁清掃員として町に名を響かせることになってしまったのだ。


「例の噴水の魔女、昨晩も現れたそうだよ。兄ちゃんも用心して早く帰んなよ」

「そういえば、噴水の魔女は城壁に生えたコケを集めてるらしいぜ。逆恨みされねーようにちょっとは残しといた方がいいんじゃないか?」


 噴水の魔女――最近よく聞く話題だ。


 毎晩定刻に広場の噴水に現れる魔女のことらしい。


 真っ裸で様々な魔法を操り、奇々怪々ききかいかいとした儀式をとり行っているのだそうだ。


 ギルドには、噴水の魔女の討伐か撃退の依頼書が長い間張り出されている。


 報酬が他の依頼と比べて多いにも関わらず、依頼を完遂できる者が現れなくて、依頼者である広場の管理人は困りはてているらしい。


 俺が倒してやろうかと思ったこともあったが、パーティメンバーがいない以上クエストは受けられないし、第一に俺は弱い。


 弱いから城壁清掃の仕事に就かざるを得なかったのだ……。


 重ねて言うが、この仕事が嫌いというわけではない。


 報酬は少ないが、かといって暮らしに困るほどでもない。


 現に食事は出来ているし、最低限の衣服もそろえられている。


 さらに、この仕事を通してこの世界人と話すにしたがって、この国のことがだんだんと分かるようになってきた。


 この国――コルネリアス王国は、もとから貧乏国家として有名だったらしい。


 そしてつい五年ほど前、隣国エルラルド連邦との国境付近に、今では難攻不落で広く知られるクロエのダンジョンが突として現れたのだそうだ。


 以来、エルラルド連邦との間でダンジョン攻略競走をしているのだと。


 国中の敏腕冒険者を片っ端から高給で雇ってダンジョン攻略にかなり力を入れているようだ。


 何でも、クロエのダンジョンを攻略した者には物凄ものすごい宝物が与えられるとかなんとか。


 国王は一攫千金を夢みて、ただでさえ少ない国費の大半をダンジョン攻略につぎ込んでいるらしい。


 これで、ギルドに覇気がないことにも、城壁の手入れが行き届いていない上にその清掃報酬が少ないことにも合点がいった。


 そう言えば、クロエのダンジョンには神器があるってミラが手紙に書いていたような。


「創造の杖」だったけか。


 難攻不落のダンジョンであるにも関わらず凶悪なモンスターは出ないうえに、死者は一人も出ていないそうだ。


 わけが分からないが、パーティ加入希望者が現れたら神器を回収しに行ってみるのもありかもしれない。


 それと最近になって、魔族が人魔じんま境界を超えて来ることが多くなったそうだ。


 人魔境界というのは、人族と魔族の領地をへだてる境界線のことだと聞いた。


 種族間をへだてる境界線は、世界の秩序維持のために不可欠なのだと。


 そしてこの世界には、大別して三つの種族が暮らしているらしい。




 一、人族。


 言うまでもない。人間や亜人だ。

 他種族に比べて弱く、集団で行動する事が多い。

 俺はよくその集団とやらにハブられてきた、いや、今もか。パーティに入れないし。

 それでも俺は、人族に属する。




 二、魔族。


 吸血鬼やら悪魔やら色々いる。

 長年にわたって人族を恐怖に陥れてきた。

 ファンタジーの小説や漫画なんかでしか馴染みがないので、少し見てみたい気持ちがある。

 対面するのは怖いので、できれば遠くからそっと。

 でも、ハロウィンの仮装をすればもっと近づける気もする。




 三、精霊族。


 エルフや精霊など、神とも人ともつかぬ種族だ。

 基本的に穏やかな種族らしい。

 人族の領地に侵攻してくることもなければ、人魔間の争いに干渉することもしない。

 こちらもまた見てみたい。

 とくにエルフ。

 あのとがった耳を触らせて欲しい。




 一時は救世主の功労もあって、魔族による人魔境界を越えての侵攻は無くなっていたらしい。


 しかし近年、どこかの無責任女神のおかげで神器を持つ救世主が絶えてしまったとたん、また過去に戻りつつあるのだとか。


 このことも何とかするようにって手紙には後付けのように書かれていた気がするが、どう考えてもこっちが本題だろと思う。


 だが、世界を救うなど今の俺にはとうてい無理な話だ。


 魔力値最低その他平凡な知力がちと高いいち城壁清掃員に何ができようか。


 立て板に水を流すように、大衆の心を突き動かすようなスピーチができれば弱くても何とかなるかもしれないが、人前で話した経験といえば小学生の頃の将来の夢作文発表くらいな俺には、そんなことできるはずもない。


 さっさと神器を集めて日本に帰ろっと、そろそろ漫画だのゲームだのが恋しくなってきた――などと考えながら、城壁にこびり付いた汚れをつゆほども見逃さないよう、タワシで擦ってゆく。


 明日は来るといいな、パーティ加入希望者。

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