契約



「死神モルス。この命はだけは、あげられないけど……私の力なら捧げられる。だからハイネの魂を奪うのは、待ってほしいの」

「エマ!!」


 ハイネは飛び上がらんばかりに驚くが、エマは構わず続けた。


「さっき、人間の魂は千年も保たないと言ってたわね。でも、さすがにハイネの魂はまだ保つでしょう? 本来なら生きているはずの年齢なんだから」

「何を言ってるんだ! そんなの僕は望んでない!」


 ハイネはエマの両肩を掴み、必死の形相で止めようとする。自分のために、エマが犠牲になろうとしている――そう思っているのだろう。けれど、それは違う。


「ごめんなさい、ハイネのためじゃないの。これは、自分のため……私の、我儘……」


 ハイネがエマを大切に想ってくれていることなんて、もう痛いほど分かっている。この選択がハイネを苦しめることも、理解していた。しかし、


「……ここでハイネを見捨てたら、私、一生自分のことを許せない。幸せになんてなれないわ」

「――――」


〝幸せを願う〟ハイネが、未来のエマを描いたモルス・メモリエの作品名タイトル


 その想いに、エマはこう答える。いつかハイネに、想像ではなく、本当に成長した自分の姿を描いてほしい。それが私の幸せなのだと。


「――よカろう。エマ・ブラント、死と生を繋ぐ者――……死生しせいの魔術師よ」


 死神が告げる。


 空気が震え、強い風が巻き起こる。


 そんな中でも、ハイネとエマは互いの手を離さなかった。


「貴様の能力は未知数だ。しかシ、賭ける価値はある……」


 死神が言い終えると同時、契約の内容が頭の中に流れ込んでくる。そのひとつひとつを確認しつつ、エマは釘を刺した。


「契約を交わしても、私は死神あなたの奴隷じゃない。あくまで対等な関係だという事を忘れないで」

「……親子揃って、恐レを知らぬ奴らだ」


 呆れたような死神の言葉に、少しこそばゆい気持ちになった。親子と呼ばれるのはまだ慣れない。落ち着かない心地のままハイネを見やると、その目から静かに涙が伝っていた。


 ハイネの涙を見るのは、これが二回目だった。


「エマが、僕のアトリエに初めて来た日――成長したエマの姿を、窓から見た時。僕は、本当に幸せだった。この手で君を守ることが出来れば、もう未練はないと思ったんだ」


 繋いだ手に力がこもる。


「でも、一緒に過ごすうちに欲が出てきた。まだ、ずっとこうしていたいと……もっと成長したエマの姿を、この目で見たいと……」


 きっと今を乗り越えても、この世に別れを告げるとき、また新しい未練が生まれているのだろう。人の命には限りがあるのに、人のあいには限りがない。


 それでも、ふたりが掴んだひとときの未来には、確かに意味があったと――未練さえも、笑いながら描けるように。


 エマは、これからを歩んでいこうと想う。

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