魂の記憶
「何してるの!?」
思わず叫ぶと、ハイネに「エマ!」と慌てて止められた。死神は視線をこちらに向けないまま、静かに声を響かせる。
「貴様こそ、何をした? エマ・ブラント」
何のことを言われているのか分からず、黙って眉をひそめる。
死者と話したこと、ハイネを連れ戻したこと、そもそもモルス・マーレへの道を拓いたこと……色々と思い当たる事がありすぎた。
「契約者が死者たちの無念ヲ封じたあと、我がそれを喰らう。そうしてようやく、モルス・マーレは千年の安寧を迎エるのだ。人間の魂は千年と保たぬ故、次の
死神はようやく、赤い両眼をこちらに向ける。死神からは今のところ害意を感じなかったが、ハイネは一層強くエマを抱き寄せ、低い声で問うた。
「……何が言いたい?」
「絵画の魔術師……貴様ガ生み出したモルス・メモリエを、我はまだ喰ろうておらぬ。だガ、見るがいい。一部のモルス・メモリエが消えかけてイる」
死神の言葉に、驚いてモルス・メモリエに目を向ける。それらは、確かに薄くなっているように見えた。
「――何故だ? 何か問題があったのか?」
「違うわ」
ハイネの疑念を、エマは即座に否定する。
その瞳を見て、ハイネは鋭く息を呑んだ。
「エマ、目が……!」
数多の〝色〟が、瞳の中で鮮やかに輝く。それは異様でありながらも美しく、鮮烈な――
この世に存在する光の全てを凝縮したような、瞳。
「多分……私が死者に干渉したから……無念の想いが消えかけているの。でも、まだ完全じゃない。上描きしないと」
ひとつ瞬きをするたびに、視界の至る所でチカチカと光が弾ける。心配そうに見つめてくるハイネに、エマは微笑みかけた。
「ハイネ。これ、描ける?」
エマはハイネの額に、こつんと自分の額を合わせる。
そして、再び浮かんできた言葉を静かに紡いだ。
「……再生の魔術、
目を見張ったハイネの瞳に、エマが視た色が――移る。
「――あぁ」
ハイネは譫言のように、呟く。
「うん。任せて、エマ」
ハイネは立ち上がり、その手にいつもの筆を執った。その瞳はいつものシアンではなく、さっきのエマと同じ不思議な光を湛えている。
「絵画の魔術――
ハイネの筆が光り始めたかと思えば、次の瞬間には、様々な色の光が風に乗るようにして流れ動き、四枚のモルス・メモリエを包み込んでいた。
「こレは……」
死神が声を震わせる。色と光をまとったモルス・メモリエが、徐々に描き替わる様を見て、ただただ驚嘆していた。
フリーダの絵は、彼女と大きな犬が戯れる温かな絵となった。
カミラの絵は、孤児院で子ども達に誕生日を祝われる賑やかな絵へ。
ヨーゼフの絵は、燃えるような夕焼けの下で、少女と歩く静謐な絵に。
そして、ハイネの絵は――白紙へと、その姿を変えた。
それは、死者たちの無念を塗り替える、最も大切な思い出。魂に刻まれた、記憶。
中でもエマは、ヨーゼフの絵に吸い寄せられていた。あの絵は、エマと出会った時の……
「驚カせてくれたな、魔術師よ」
不意に、死神がハイネとエマの視界いっぱいに現れた。ハイネは未だに神経を尖らせているが、エマは不思議と恐怖に感じなかった。
「エマ・ブラント。生者でありなガら、死者の世界に干渉せシ者。何よリ、モルス・メモリエをこのような形で昇華スるとは……」
死神の目に、好奇の色が灯る。
「――貴様なら、為し得るカもしれん。我の悲願、モルス・マーレの完全なる浄化。千年に一度訪レる
「そんな大それたことが出来るかどうかは、分からないわ。だけど……」
エマは、そっと自分の胸に手を当てた。心臓の鼓動が伝わってくる。――本当は、とっくの昔に終わっているはずだった、ハイネの命と引き替えに得た人生。
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