助けて
ペンダントを開ける。中の絵は――真っ白だ。その意味を考える前に、彼を信じて叫ぶ。
「ハイネーーーーー!!」
――瞬間。無風だった倉庫内に、突風が巻き起こった。その風は数多の色を含み、激しくも華やかに、互いに混じり合うようにして吹き荒ぶ。
それは、色の嵐と呼ぶに相応しい光景だった。
エマは目を開けていられず、ペンダントを握りしめたままその場に蹲(うずくま)る。轟音が耳を支配する中、不思議と、その囁きはしっかりとエマに届いた。
「絵画の魔術、
少し高い、しかし落ち着いた、少年の声。
「――
嵐が収まる。薄く開けた視界の中で、銀の一閃が駆けた。縄だ。銀色の縄が流星のように駆け、暴れるゾフィーの四肢をあっという間に縛り上げる。
「嫌っ、何!? 何なの、これ……っ!」
コツ、と足音がすぐ近くに聞こえて、エマは顔を上げた。そこには、数日しか離れていないはずなのに、何故か懐かしく感じる少年の姿があった。
「ハイネ……」
ハイネはエマの姿を見下ろし、目を見開いたまま言葉を失っていた。
首筋の傷。乱れ、切り刻まれた服。そして殴られて赤く腫れた頬。スカートから覗いた足にも、切り傷や青痣が幾つもあった。
エマは、ただハイネの瞳を見つめた。澄み切ったシアンの光。ずっと、エマを優しく見守り続けてくれていた小さな魔術師との再会に、張り詰めていた緊張の糸が緩むのを感じる。
目から、熱いものが零れる落ちる。もう、止まらなかった。
「ハイネ……助けて……」
ヨーゼフの死から間もなく、育ての母をも失い、殺人犯の汚名を着せられ、そして師の命を奪ったのは友人だと、たった今知った。
次から次へと襲い来る悲劇に、エマの心はとっくにぐちゃぐちゃだった。ただ、諦めてしまえば全てが終わるからと、くじけそうになる自分に鞭を打ってここまで来たに過ぎない。
「エマ……!」
ハイネがエマを抱きしめる。その温もりに、一層涙が止まらなくなった。子どものように縋り付き、エマは大声で泣き叫ぶ。悲痛な嘆きが、無機質な倉庫を満たした。
「ごめん、エマ……君を守るなんて言ったくせに、こんなことになるまで何も出来なくて……本当にごめん」
ハイネに謝ってほしくなくて、エマは必死に首を横に振る。
「エマ、君はもう頑張らなくていい。充分だ。あとは僕が片付ける」
ハイネは最後にエマの頭を優しく撫でると、すっと立ち上がった。そして、
「絵画の魔術、
ハイネがそう言葉を紡ぐと、エマの周りの床が光り始めた。淡い桃色の何かが、ゆっくりともたげる。5枚の、巨大な花弁だった。
花弁は膨らみを維持したまま、優しくエマを包み込む。半透明になっており、外の様子は見ることが出来た。恐る恐る花びらに触れるエマに、ハイネはにこりと笑って見せる。
「その花は君を守ってくれる。そこにいて」
そして、ゾフィーと向き直う。束縛はもう長く持たないだろう。
「……鏡像の魔術、
低い呟きと共に現れた鏡の刃が、銀の縄を切り裂く。地面に降り立ったゾフィーは、顔に掛かった髪を払いながらハイネを睨み付けた。
「あのペンダント、あんまり大事そうにしてるから、傭兵から渡された通信機か何かだと思ってたのに……魔術師を喚び出す道具だったのね」
「……エマをあんな風にしたのはお前か?」
「全部じゃないよ。殴ったのと、首の傷はお兄様。窓から見ていたの。さすがにやり過ぎだって止めに入ろうとしたら、エマ、自分で反撃するんだもの。凄いよね」
「他は?」
「あぁ……エマに私と同じ印を付けようと思って、ちょっと喧嘩みたいになっちゃった」
恥ずかしげもなく、ゾフィーは自分の胸の焼印をハイネに見せつける。ハイネは話しを聞き終えると、青筋を立てて筆を握った。
「あとひとつ。カミラ・クルーガーを殺したのは、口封じのためだね? 見られていたんだろう、お前の犯行を」
「……驚いた。どうして分かったの? そうよ、魔術が解けて元の姿に戻っちゃって……慌てて外に出たところを見られてたみたい。でも、カミラさんに手を下したのはお姉様だからね」
「そうかい。……でも、もう充分だよ。君はエマを傷つけた。心も体も……」
ハイネは閉じた目をゆっくりと開き、静かに、しかし確かな怒気が籠もった声を放つ。
「絵画の魔術、
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