128番目



「私、エマにお父様の素晴らしさを分かって欲しいの。ねぇ、お父様が今まで何人の孤児を引き取ったか知ってる? 世間に知られていない子を含めれば、127人よ。私はその中の127番目……」


 ゾフィーはうっとりと、胸に手を当てた。


「世界中、色んな場所にいるわ。みんなお父様のお陰で幸せに暮らしてる。中には失敗作もいたみたいだから……最初の子とかね。その子たちを除くと、127人より少ないみたいだけど」


 今、目の前にいるのは、本当に古くからの友人なのか。信じられない、信じたくない気持ちで、彼女の話を聞いていた。


 最初の子。つまりフリーダのことだ。足掻き、恨み、苦しみ、この世から逃げることでしか自分を守れなかった彼女を、失敗作と。そう呼んだ。


 エマは爪が食い込むほどに強く、拳を握りしめる。


「――ゾフィー、ひとつ教えてくれる?」

「うん、なに?」

「あなたが先生を殺したの?」


 単刀直入に問う。ゾフィーは何度か瞬きをしてから、小さく頷いた。


「……うん、そう。だってあの人、お父様に逆らったから。エマの姿を借りて、毒入りのお茶を出したの。最初は気付かれなかったけど……でも、最後の最後にバレちゃった。あのおじいさん、苦しみながら言ってたよ。『違う、お前はエマじゃない。エマがこんなことをするものか』って。……信頼されてたんだね、エマ」

「…………」

「……えっと、引き取ってくれた人を失って、エマにとっては辛かったと思うけど、でも」

「私の幸せのために……って? ……うんざりだわ、それ」


 怒りとも、哀しみともつかない激情を抑えることが出来ず。エマはそれ以上の言葉を探すより先に、ゾフィーに向かって駆け出した。


「!? きゃっ……!」


 殆ど自分の身を投げ出すようにして、ゾフィーに肩からぶつかっていった。


 ふたりで激しく倒れ込む。エマは痛みを堪えながら、ゾフィーのポケットから落ちたペンダントに手を伸ばす――が、


「だめっ!」


 ゾフィーがエマの手首を払いのけ、その拍子に掴み損ねたペンダントが転がってしまう。


「やっぱり……あのペンダント、何かあるんだ……おかしいと思ってた……!」


 ゾフィーはエマの膝に腕を回して抱え込むと、そのまま素早く回転させて体制を逆転させた。ゾフィーがエマに乗りかかる形だ。しっかりと手を押さえ込まれ、身動きが出来ない。


「ふふ、お父様がたくさん、習わせてくれたの。護身術もそのひとつ」

「――……っ」

「エマ、いい加減に認めてよ。お父様のもとで暮らすのが、何よりの幸せだって。エマに拒否されたらね……何だか、私の幸せまで否定されたみたいで……とっても悲しいの」


 突然、ゾフィーは自分の服のボタンに手をかけた。真珠製で、周りを金の装飾で縁取られたボタンが次々と外されていく。


「……何を……」


 しているのか、と問うより早く、その光景がエマの目に飛び込んでくる。


 繊細な花の刺繍が施された、白いレースの下着。その少し上、左胸の膨らみはじめの部分から谷間に掛けて、痛々しい焼印があった。――〝127〟と。


 それは間違いなく、ゾフィーの滑らかで美しい肌を汚すものだった。しかしゾフィーは、恍惚の表情でその印を撫でる。


「人数が多くなってきたから、判別するために番号を付けるようになったんですって。でもお父様は、私のことは番号なんてなくてもずっと覚えてるよって言ってくれてるの」


 その到底理解出来ないような話を、ゾフィーは本気で喜んでいるようだった。


 どうしてこうなってしまったのか、エマには分からない。


「エマ、私はエマが大好きよ。よく孤児院で勉強を教えてくれたよね。頭が良くて、いつも落ち着いていて……私にはないものを持ってる。だから私、大好きなエマと幸せを共有したい」


 ゾフィーはマゼンタの瞳を細めて微笑み、唱えた。


「鏡像の魔術――鏡刃きょうは


 どこからともなく、鏡を割ったような複数の凶器が空中に現れて降り注ぎ、エマの服を貫いて床に突き刺さる。まるで、人を標本にするかのように。


 そしてもう一つ、一際大きな破片はゾフィーの手の中に収まっていた。歪で、恐ろしく鋭い凶器がエマに向けられる。


「ごめんね、少し痛いかもしれないけど……」


 ゾフィーは憐れみの表情を浮かべながら、エマのボタンを外していく。


「128番……私と隣同士ね、エマ」


 ゾッとした。ゾフィーはこの凶器で、エマに番号を彫るつもりなのだ。そんなことさせてなるものかと、必死に抵抗を試みる。服が破れ、肌が傷つくのも厭わず、鏡の刃から逃れて腕の自由を得ると、凶器を持つゾフィーの凶行をすんでのところで阻んだ。


「! エマ……!」

「どいて!」


 エマは思い切って、ゾフィーの顔に自分の額を力の限りぶつける。ぎゃっと短い悲鳴を上げ、ゾフィーは鼻を押さえて悶えた。ふっと鏡の刃が消えたのを見て這うようにして逃げだし、転がったロケットペンダントに手を伸ばす。


 ついに、掴んだ。

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