第7章 力を持つ者、持たない者
招かざる客
ここ数日、リンベルクの空は分厚い雲に覆われていた。雨こそ降らないが、昼間でも街並みに暗い影を落とすその天気は人々を憂鬱な気分にさせる。
――カミラの葬儀が行われた日。帰宅するとハイネからの手紙が届いていた。
『カミラ・クルーガーが殺された事件について、新聞で知った。エマがいた孤児院の院長だね。本当に残念だ。
真相が知りたいことだろうし、モルス・メモリエを描く準備を始めようと思う。
情報が乏しくて取りかかるまでに少し時間がかかりそうだけど、完成したら連絡する。
気をしっかり持ってね。今はゆっくり休んで。
――ハイネ・ヴァイツ』
以前、ヨーゼフについて説明する中でエマの生い立ちにも触れ、その過程で孤児院やカミラの名もあがっていた。そのことから、エマが頼むまでもなくハイネは行動に移してくれたのだろう。しかし――
「……ハイネに聞きたいことが、また増えたわね」
エマは長い溜息を吐くと、机に突っ伏して目を閉じた。
薬師の試験が近いことから参考書はなるべく開くようにしているものの、頭には入ってこない。勉強するふりをしているだけだ。ヨーゼフやカミラがこんなエマの姿を見たら、叱るだろうか。……叱って欲しい、と思う。
――カミラは、何故殺されたのか。
確かに、彼女が見つかった路地裏はクルーガー孤児院へと繋がる近道でもある。しかし、カミラの性格からして、近道よりも安全な大通りを選びそうなものだ。
それに、事件が発覚してから納棺までが早すぎる。まるで、死体を詳しく調べられたくないかのようだと思うのは考え過ぎだろうか。
そして、同じく不可解なのは傭兵団のフィリックスに対する処遇。それなりの地位と経歴を持つ彼が、調査チームからことごとく外されている。ヨーゼフとカミラ、ふたつの事件に対して公に動くことが出来なくなったと歯痒そうにしていた。一体、何が起きているのか……
思い詰める内に、エマはそのまま眠ってしまったようだった。
いつもなら机に突っ伏したまま眠ることなんてないのに、暫く睡眠不足が続いたせいだろうか。浅いまどろみの中をしばし漂って――唐突に響いた激しい音が、エマの意識を無理矢理覚醒させた。
一階のほうからだ。誰かが、激しく扉を叩いている。
心臓が嫌な跳ね方をした。こんなにも乱暴なノックは、まともな来客だとは思えない。
エマは急いで棚から取りだしたものをスカートのポケットに入れてそろそろと一階に下り、カミラの時と同じように、窓から玄関口を覗き込んだ。
――赤い髪。ジャン・バシュレだ。不機嫌そうに扉を睨み付けている。
「ブラント! エマ・ブラント!! ヴォルフガング傭兵団だ。開けろ!」
すぐに窓から身を引っ込め、居留守を使えないかと思案する。が――
「居るのは分かってんだぜ。開けねぇならこのドア蹴破るぞ!」
更に激しく、ほとんど殴るようなノックに、古い扉がみしみしと軋んだ。
「あ、開けるわ! もう少し待って、着替え中なの!!」
「――着替え? 別に、目の前で披露してくれてもいいんだぜー」
咄嗟に出たでまかせだったが、ジャンは信じたようだった。エマはカウンターにあった電話を取る。番号は、すぐに確認出来るよう近くにメモを貼り付けてあった。
「……お願い……」
受話器を握りしめる。コールが一回、二回、三回――待てども相手が電話に出ることはなく、焦りが生じ始める。
「……おい、いつまで掛かってんだ!」
苛々した声が扉の向こうから飛んできた。仕方なく受話器をカウンターに伏せて置く。
「今開けるから」
エマは返事をすると、何度も殴りつけられた扉を開けた。ジャンはずかずかと無遠慮に踏み入ると、一枚の紙をエマに見せつける。
「エマ・ブラント。お前に逮捕状が出てる」
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