訃報






 カミラの訃報をエマに届けたのはフィリックスだった。


 はじめは何かの間違いだと思った。次第にそうではないことが分かり、ただ心は追いつかず、その場で崩れ落ちた。全ての感情が濁流に攫われていくかのような感覚に陥って――残ったのは、どうしようもない空虚感だった。


 そして、エマは今、カミラが眠る棺の前に立っている。リンベルク北西部、ハーブ畑にもほど近い丘の上。ヨーゼフも眠る、アストルム墓地にて。


「カミラ姉さん……あぁ、どうして……」


 カミラの妹らしき女性が泣き崩れ、周囲の人間がそれを支える。何より、孤児の子どもたちの泣き声が悲痛だった。厳しくも、ずっと傍にいてくれた育ての母を失ったのだ。


 重苦しい空気に耐えかねたように、木々に留まっていた鳥たちが飛び立ってゆく。


 ――カミラの死体は、メローネ通りにほど近い路地裏で見つかったという。頸動脈を深々と切られ、出血死。発見したのは見回りに出ていた傭兵のひとり。


 意識の遠いところで、そんな情報を耳にした気がする。


 棺の上に、ひとりひとりが花を手向けた。エマは、カミラが唯一色として好んでいた薄紫のダリアを選んだ。一通りの儀式が終えても、殆どの人々はカミラの傍から離れなかった。


 どれくらいの時間が経っただろうか。まだ人がまばらに残る中、唐突に声を掛けられた。


「あーいたいた。エマ・ブラントさん、こんな時にすいませんね」


 ポンと肩を叩かれて振り返ると、そこには赤髪の傭兵、ジャン・バシュレが立っていた。いつもの彼に比べれば言葉使いが丁寧なのは、他人の目があるからか。


「ちょっと、カミラ・クルーガーさんのことでお聞きしたくて。彼女が殺された日、カミラさんがあなたの家を訪れていたという証言がありましてね。これは本当ですか?」

「…………えぇ」

「どんな話をしてたんです? 口論とかになりました?」


 ジャンの言葉を聞いて、近くにいた夫人たちがひそひそと言葉を交わし始めた。


 ――あの子、ファスベンダー先生のとこの……


「あぁいや、最近あなたの周りでよく人が殺……亡くなるもので、ちょっと気になってね」

「正気か、バシュレ」


 黙って話を聞くエマの前に、大きな背中が割って入る。


「あれ、センパイいたんすね。カミラ・クルーガーと関わりありましたっけ? この事件の捜査チームには入ってませんよね?」

「不自然なことにな」


 フィリックスは吐き捨てるように言った。


「それより、こんな場所とタイミングで聞き込みだと? 調査という名目なら何でも許されるってもんじゃない。それに、ヨーゼフ・ファスベンダーの件では彼女の疑いは晴れている」

「……はぁ、番犬のつもりっすか」

「兵団としては事故で片付けたはずだ。いくら俺が反論しても聞く耳を持たなかったくせに、何で今更――」

「あの日の、馬車の乗車記録……」


 手帳に視線を落とし、ジャンは意味ありげに片目を眇める。


「改ざんだった疑いが出てるんで。エマ・ブラントのアリバイを証明するのって、あの記録だけでしたよねぇ?」

「……何だと?」

「ちゃんと調べたんっすかぁ? センパイ」


 ふたり男のやり取りを、エマは他人事のようにぼんやりと聞いていた。馬車の乗車記録……改ざん……


「――そういう手で来るんだな」

「何のことっすか?」

「カミラ・クルーガーの件は? 彼女に犯行が可能だったのか?」

「そりゃー夜中のことですからね。今から聞こうと思ってたけど、アリバイなんかないんじゃないっすか」


 この男は、エマにアリバイがないことを既に知っているのだろう。知っていて、わざと大きな声で周囲に聞かせているのだ。


「……クルーガー女史は路地裏で発見されたそうだな」

「そーっすよ。首筋を刃物でスパッと」


 自身の首を親指で切るような真似をしたジャンを、カミラの親族が涙目でぎろりと睨む。フィリックスも不快そうに顔をしかめながら、冷静に尋ねた。


「立っているところをか?」

「へ? はぁ、まぁ……道端なんで、そうでしょうね。それが?」

「そうか。立っている被害者の首を、刃物で狙ったのか」


 一言一言を確認するように、フィリックスは復唱する。不穏な空気を感じ取ったのか、ジャンは焦ったように上官を見た。


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