告発
待ち合わせの場所にその男がやってくるまで、随分な時間を要した。
片側を刈り上げた赤髪に、痩せ気味の頬。目は鋭い三白眼で、どこか爬虫類のような印象の男だ。制服は着崩されており、カミラは自然と顔をしかめていた。
「どうも、遅くなってすんませんね。別の取り調べに時間がかかってたもんで」
「いえ……」
情報提供の場として指定されたのは、軍用品店の奥に建設された応接間だった。電話越しの男が言った通りの言葉を店主に伝えると、黙って扉を開けて案内された。
遅い時間ということもあってか他に人の姿はなく、カミラは緊張と不安から身を固くする。
「そんなに警戒しなくて大丈夫っすよ。電話でも説明しましたけど、ここはヴォルフガング傭兵団の管轄の店なんで。で、話聞かせてくれます?」
「その前に、手帳を見せてください」
革のソファーにどかっと座った男は、カミラの要求が心外だったのか不愉快そうに片眉を上げた。しかし、黙って手帳を取り出しローテーブルに置いて見せる。
ヴォルフガング傭兵団所属 ジャン・バシュレ
肩書きと名前の下には、確かにヴォルフガング傭兵団の記章――狼と三本の剣があった。
「……ありがとうございます」
「どーいたしまして」
ジャンという傭兵は面白くなさそうに言うと、さっさと手帳を上着の内ポケットにしまう。
態度の悪い男だ。エマが〝世話になった人〟というのが、この傭兵でないことを願った。
「では……お話しします」
「よろしく」
カミラは、己の記憶を辿りつつ語り始めた。
「あの夜――」
カミラは、孤児のひとりティモを連れてリンベルクの店を訪れていた。誕生日に服をプレゼントする約束だったのだが、採寸に時間がかかり店を出たときには既に日が暮れていた。
帰宅しようとしたその時、突然ティモが体の不調を訴えだした。額に手を当てると、高熱があるようだった。
孤児院にも風邪などの薬はあったが、一度薬師に診て貰ったほうが良いだろうと判断し、ファスベンダー薬店があるメローネ通りへと向かった。診察時間を少し過ぎていたが、子どもの急患だ。何とか診て貰えないかと頼み込むつもりだった。
ティモを背負い、ようやくファスベンダー薬店の古看板が見えて来て安心したのも束の間――大きな音を立てて店の扉が開き、人が飛び出して来たのだ。
その人物は急いだ様子で鍵を閉め、脇道に消えていった。馬車の音が聞こえたので、それに乗り込んだのだろう。あまりの慌てように驚いたのを覚えている。
しばし立ちすくんでいたが、ティモの苦しむ声で我に返った。急いでファスベンダー薬店のベルを鳴らした。しかし、いつまで経っても返事はない。仕方なく孤児院に帰って、別の薬師を呼ぶことにした。
ティモの症状は、子ども特有の感染症によるものだった。更にティモだけでなく、他の孤児も症状を訴え始めた。カミラは対応に追われ、薬店の前で目撃した奇妙な光景のことを考える暇もないまま――その二日後に、ヨーゼフの訃報を聞いた。
「子どもたちの間で感染症が広まって、葬儀にも行けませんでした。ようやく落ち着いた頃に、あの時見た光景を思い出したのです」
「なるほどねぇ」
ジャンは口角を上げながら、組んだほうの足をぶらぶらとさせる。
「つーか、事件から割と日経ってますけど、情報提供が今になったのって、その孤児のガ……子どもたちの看病に追われてたからっすか?」
「それもありますが……気持ちの整理が必要だったので」
「へぇ。で、店先で見たってのは誰だったんです?」
心臓が激しく脈打ちだした。これは、告発だ。ヨーゼフを害した直接的な現場を目撃したわけではないが、あまりに不自然な行動をしていた人物の名を伝えるのだから。
「――――」
カミラはその名を口にして俯き、じっとりと汗の滲んだ両手を握りしめていた。しかし、いつまで経ってもジャンの反応がなかったので、不思議に思って顔を上げる。
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