協力者


「知ることは、備えることにも繋がるわ」

「備える?」

「えぇ。私、フレーベル男爵に養子にならないかと誘われているの」


 フィリックスの目が僅かに見開かれたのを見て、エマは畳みかけた。


「あなたはさっき、あの家について……フレーベル家について調べているのか、と私に確認したわね。そのあと、やめておけと言ったわ。フレーベル家を調べる行為が危険だと感じているから、深入りするなと忠告してくれたの? その真意が分からないと、私、あの家に行くことを承知してしまうかも」

「…………」


 フィリックスは何かを言い返そうとしたが、言葉が出てこないようだった。頭痛でもするかのようにこめかみを押さえ、長い溜息をつく。


「血は繋がっていないはずなのに……先生と、そっくりだな」

「私が?」

「強情ということだ」


 強情、という文字に軽く殴られたかのような顔をしたエマに、フィリックスは気まずそうに「良い意味で」と言って目を逸らした。


「何にでもそう付け加えたら許されると思ってる?」

「……意志が強いと言うべきだった」

「……いいわ。強情なのは事実だし。私にとってここは絶対に譲れないところなの」

「そのようだ」


 フィリックスはまた溜息を吐いた。曇り空を仰ぎ、口を噤む。

 先生に話しかけているのだろうか。何となく、そう思った。


「……これを」


 やがてフィリックスは手帳を取り出すと、一ページ破いてエマに渡した。いつも、見回りや捜査の時に彼が書き込んでいるものだ。


 戸惑いながらメモを受け取る。そこには、走り書きでフレーベル家の事故について記されていた。しかしエマが新聞で読んだ内容とは、明らかに違う。


「初版に書かれていた内容だ。後に、情報提供者――フレーベル家のメイドの虚言だったとされ、第二版以降は記事が書き換わっている。そのメイドは事件のあと解雇されて、今は行方不明だ。調べたら、故郷の家族から捜索願が出されていた」


 鳥肌が立つのを感じ、思わず自分の腕をぎゅっと掴む。悪意の眼が、こちらを見下ろしているかのような――恐怖。


「現時点で、俺が調べられているのはそこまでだ。初版に書かれていたことが事実なのか、本当にメイドの虚言だったのかは分からない。ただ……」


 フィリックスはその大きな拳を握りしめ、顔を歪ませた。


「先生は弟子をフレーベルの茶会に行かせたことを悔やみ、フードの男と口論した直後に『自分に何かあったら』なんていう言葉を残して死んだ。薬の種類を間違えただけでなく、適量の五倍以上の薬が入った水を飲んで……。普段は薬師として問題なく働いていたのにか? 明らかに不自然だ。なのに兵団は早々に事故だと片付けた。まるで俺の知らないところで、上が誰かの指示を受けたかのように」


 ――つまり。フィリックスには、フレーベル家が絡んでいる可能性が初めから見えていたわけだ。だから図書館であの家について調べ、エマと同様にこの新聞に行き着いた。


「禁書棚の閲覧許可は、適当な事件の調査目的だと言って兵団の名前を出せば通った。その新聞を読んで、情報提供者のメイドのことも調べて……先生が俺を巻き込みたくないと言った理由が、分かった気がする」


 握りしめた拳を解き、後悔と決意をその瞳に宿して、フィリックスは続ける。


「結局、俺は何も出来ず恩人をみすみす死なせてしまった。せめて、弟子を守ってほしいというあの人の願いだけは叶えたい。だから……とにかく今は、フレーベル一家とは距離を置いてくれないか。もう少し調べを進めてみて、何か分かったら連絡しよう」

「分かったわ。ありがとう」


 エマとフィリックスは連絡先を交換することにした。


 女ひとりで暮らす身として、男性の協力者を得たことは心強い。フィリックスには、ハイネとはまた違った安心感があった。


 裏庭を後にしようとしたところで「最後に聞いていいか」と呼び止められる。


「えぇ、なに?」

「俺は先生との出来事があったから、あの家について調べようと思った。けど、そっちは? 何か怪しむようになったきっかけでもあったのか?」


 ハイネが描いたモルス・メモリエを見て――と、正直に話してしまいたかった。フィリックスはエマの求めに応じて話してくれたのだし、自分だけ隠し事をするのは気が引ける。しかし、ハイネは基本的にモルス・メモリエを求めている人間としか繋がりを持ちたがらないのだ。


「この間、二回目のお茶会に呼ばれた時に、フリーダの絵を見せてもらったの。その時、少し不自然な空気になったから気になったのよ」


 嘘ではない。が、全ては話せないことを心の中で謝罪しながら、エマはそう説明したのだった。

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