聞きたいこと
のんびりとした語り口で声を掛けてきたのは、マヌエラの傍にいた別の司書だった。エマは一度か二度しか見た事はないが、蜂蜜色のふわふわ髪が印象的だったので覚えていた。
「え、そうだった?」
「はい。マヌエラさんがお休みだった日でぇ、なんか怖い顔した男の人だったから覚えてたんですよねぇ」
「怖い顔って、イェニー、あなたねぇ……」
利用客への中傷とも受け取られかねない発言を注意しようと、マヌエラは眉をひそめる。しかしその前に、イェニーと呼ばれたふわふわ髪の司書が「あっ」と息を呑んだ。
「この人! この人ですよぉ!」
ふと背後に大きな気配を感じて、エマは驚いて振り返る。そこには見知った男が立っていた。ヴォルフガング傭兵団所属の傭兵、フィリックス・アイゼンだ。
「……ブラント?」
フィリックスもエマに気付き、一瞬ふたりの間の時間が止まる。その傍らで、マヌエラは要らぬ事を口走りそうなイェニーを押しのけ、慌てて作り笑いを浮かべた。
「し、失礼しました。えぇと、何か……」
「――あの」
司書の言葉を遮り、フィリックスに声を掛ける。マヌエラやイェニーからも視線を感じるが、エマは金色の瞳だけを見据えていた。
「……あなたに聞きたい事があるの。少し、時間をもらってもいい?」
――――……
さすがに館内で話すわけにはいかず、ふたりは裏庭へ移動することにした。一応読書も出来るが、会話が許されているスペースだ。
花壇の前に設置されたガーデンベンチに、エマとフィリックスは並んで腰掛けた。ただ、座ってみると思ったよりも密着度が高く、思わずそわそわとしてしまう。フィリックスが人よりも大柄なことを、すっかり忘れていた。
「少し狭いな」
同じことを考えていたらしいフィリックスが別のベンチを探し始めたが、適当なものはなさそうだ。するとフィリックスが黙って立ち上がったので、エマも慌ててそれに倣った。
「? ブラント、お前まで立たなくていい」
「ひとり座っているわけにはいかないわ。それにその……」
フィリックスひとりが立ち、エマが座って会話する光景を想像する。威圧感が、すごい。
「なんていうか、会話しづらくないかしら」
「…………。そうか、確かに」
「狭苦しいってほどではないし、座りましょ」
――とエマがまとめて、結局ふたりで座り直した。もし誰かに見られていれば、揃って立ったり座ったり、奇妙な行動をする男女に映っただろう。
しかしこの寒空の下、わざわざ外に出ている図書館の利用者は他にいない。話を人に聞かれたくないエマにとっては都合が良かった。
「――急に時間を取ってもらってごめんなさい、アイゼン准尉……あ、休みの日にはこう呼ばないほうがいいかしら」
フィリックスは非番のようで、いつもの制服姿とは異なり私服に身を包んでいた。無地のセーターに紺のジャケットと至ってシンプルな格好だ。そのせいか、いつもよりは親しみやすく感じる。
「フィリックスでいい」
「分かった。私のこともエマでいいわ」
そこまで言った瞬間、何故か頭の中にハイネの拗ねた顔が浮かぶ。その想像を軽く首を振ることで取り払い、エマは口火を切った。
「あなたがこの新聞の初版を探していたと、司書の人に聞いたの」
差し出したのは、フレーベル家で起きた事故について書かれた新聞の第二版。エマと同じように、この新聞の初版をフィリックスが求めた理由を解き明かさなければならない。
「――その新聞……」
「フレーベル家の事故に関する記事が書いてあるものよ」
「……調べているのか、あの家について」
逸る気持ちを抑えるエマの前で、フィリックスの顔色が変わった。その反応に違和感を覚えながら肯定する。
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