家族の『当たり前』



 メイドたちによってアフタヌーンティのセットが運ばれてくる間、エマはコルネリウスやゾフィーと会話しながら冷静に周囲を観察していた。


 人々の動きに。表情に。言葉に。何か、師の無念に繋がる手がかりはないか?


「それでね、クルーガー院長が言ったの。『みんながエマの半分でもいいから、本を読むようになればいいのに』って」

「はは、エマは昔から読書が好きだったんだね」

「そうよ。孤児院の本もほぼ読んじゃったのよね、エマ?」

「ええ。でも、孤児院にあったのは殆ど子ども向けの絵本や図鑑ばかりだったから、途中で物足りなくなって……孤児院を出てからは、リンベルクの図書館に通うようになったわ」

「はぁ、私は絵本でも三ページで眠くなっちゃうっていうのに。頭の出来が違うのかな」


 ゾフィーは憂鬱そうに溜息を吐き、メイドによって取り分けられたサンドイッチをナイフで切り始めた。中身はオーソドックスにハムとチーズだが、材料の全てが最高級のものを使われているのだろう。


 手に持ってかぶり付きたくなるのを抑え、エマもナイフとフォークを手に取る。一口で食べられないような大きさのサンドイッチは、切り分けて食べるのがマナーらしい。


「――この屋敷の一部を改装して、図書館にしてしまうのも良いな」


 不意に、コルネリウスはティーカップをソーサーに戻しながら、紅茶の感想でも述べるかのような気軽さで言った。


「年に数回、業者に頼んで書物を入れ替えてもらうんだ。そうすればエマも退屈しないだろう」

「……え? 私、ですか?」

「あぁ。君のための図書館だよ」

「あ、あの、そんなことまでしてもらうわけには……」

「大したことではない。娘の大切な友人は、私にとって家族のようなものなんだ」


 驚くエマを、コルネリウスは穏やかな笑みで見つめている。


 彼の提案は、エマの常識で考えれば信じられないことだった。問題は、コルネリウスの常識に当てはまるか否かだ。


 大金持ちの『当たり前』を、エマは知らない。そして、家族の『当たり前』も。


 この提案、純粋な優しさからくるものなのか、或いは――……


「あら、家族のようなものって、エマもフレーベル家の子になれば本物の家族じゃない」

「ゾフィー、まだその話は早いと言っただろう」

「はぁい、お父様」


 子どものような返事をするゾフィーに和んだふりをして、その場をやり過ごした。




 それからしばらくは、他愛のない会話が続いた。町で流行しているファッションの話、フレーベル家で飼われているという小鳥の話、ゾフィーがダンスの授業を受け始めた話――相槌を打ちながら、親子が話す内容やその時の表情を記憶していく。些細なことであっても、何が手がかりになるか分からない。幸い、記憶力と観察力には自信がある。


 やがて会話が落ち着いてきたタイミングを見計らって、エマは切り出した。


「あの、邸宅には美術品がたくさん飾られているって本当ですか?」

「あぁ、前当主の父がコレクター気質でね。各国の美術品を集めては飾って、今やちょっとした美術館のようになっているよ」

「以前ゾフィーから聞いて、凄いなぁと思っていたんです」

「興味があるなら、実際に見てみると良い。案内するよ」


 思っていたよりも簡単に望んでいた言葉を引き出せて、テーブルの下で握り拳を作る。幸いゾフィーも乗り気だったので、食事を終えてすぐにエマたちは席を立った。


「旦那様、失礼します」


 邸宅の前まで来たところで、使用人のひとりがコルネリウスに何かを耳打ちした。服装からして、使用人の中でも位が高い者らしい。


「――すまない、少し用事が出来た。ゾフィー、エマの案内を頼むよ」

「分かったわ、お父様」


 コルネリウスは使用人とともに、屋敷の中へと入っていく。書斎にでも向かうのだろうか、などと考えながら二人の背中を見送っていると、ぎゅっと手を掴まれるのを感じた。


「さ、行きましょ、エマ!」


 上機嫌なゾフィーに導かれ、エマはいよいよフレーベル邸に足を踏み入れたのだった。

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