守る
気を取り直し、ハイネは再びペンを握って相関図と向き合った。コルネリウスからエマへ矢印を引き『養子の提案』と書く。初めて手紙をもらった時も思ったが、ハイネの字は綺麗で読みやすい。
「素直に受け取れば、保護者を失ったエマを可哀想に思って、養子になるよう勧めてくれたってところかな」
「今ある情報だけじゃ何も判断出来ないわ。今度のお茶会で少し探ってみる」
「……やっぱり行くのかい?」
「心配してくれてるの?」
「当然だよ。何があるか分からないのに」
ハイネは不満げに溜息を付くと、コツコツとペンで机を叩き始めた。
「お茶会はいつ?」
「五日後よ」
「んー、ギリギリ間に合うかな」
「何が?」
「エマを危険から守る魔術さ」
ハイネがにこりと笑いペンを机から離すと、相関図に新たな似顔絵と文字が浮かび上がった。似顔絵はハイネ自身で、エマの似顔絵に向かって矢印が伸びている。その矢印の上にはたった一言、『守る』と書かれていた。
――――……
「ようこそ、エマ」
フレーベル家の屋敷に到着したエマを、コルネリウスとゾフィーはにこやかに迎えた。差し出されたコルネリウスの手を借りながら馬車を降り、エマは丁重に挨拶をする。緊張してはいるものの、それが努力せずとも表に出ないのがエマである。
「お招きありがとうございます、フレーベル男爵。馬車まで出していただいて……」
「以前のように家まで迎えに行けなくてすまないね。準備に手間取ってしまったんだ」
「エマ! やっぱりその服、とっても似合ってる!!」
その大きな瞳を更に輝かせるゾフィーに、エマはコーラルの唇に笑みを浮かべた。
服も、化粧も、髪型も、全てが以前のお茶会と同じ。師のモルス・メモリエに描かれたあの日の再現だ。
ただひとつだけ、前には無かったものがある。それは首からさげたロケットペンダント。ハイネに渡されたもので、中にはエマを守るために描いたという小さな絵が入っているという。
コルネリウスのエスコートで、エマはフレーベル家の庭園に通された。メイドたちがずらりと並び、頭を下げている光景は二度目でも圧巻だ。
ふと、先ほどまで感じていた肌寒さが和らいでいることに気付いた。熱源を探すエマに気付き、ゾフィーはフフッと笑った。
「手紙に書いたでしょ? 寒さの心配はいらないって。あの人を見てみて」
ゾフィーが示した庭園の隅に、黒いローブに身を包んだ女が立っていた。目を閉じ、両手を胸の前に掲げて何かをぶつぶつ呟いている。
「なんと……あの人、魔術師なの!! お父様が海の向こうから呼んでくれたのよ。テーブルの周りが暖かいのは彼女のおかげなんだからっ」
「魔術師……」
「一定範囲の気温を操作する魔術だ。その気になれば、時間はかなり限られるが熱帯地方のようにも出来るらしい。あのレベルの魔術師を探すのは苦労したよ。気に入ってくれたかな、エマ?」
「えぇ……過ごしやすいです。ありがとうございます」
エマが魔術師を見たのは、ハイネに続いて二度目。しかし、ハイネがあの女性のように絶え間なく呪文を唱えている姿は見たことがないし、何より、扉の絵を介して人間を異空間に飛ばしたり、死者の記憶を絵にしたり、魔術によって実現していることの規模が違う。
やはりハイネはとんでもない力を持つ魔術師なのだと、改めて思い知らされた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます