名門フレーベル家の子
ゾフィーは幼い頃からその美しさを開花させていた。明るく活発な性格も相まって、孤児院の中でも華やかな存在感を放っており、里親を希望する者は後を絶たなかったという。
そんな中でゾフィーを迎えたのは、造船業で富を築き、三代前に爵位も授けられたフレーベル家だった。孤児院の子どもたちは皆、ゾフィーのシンデレラストーリーを羨んだものだ。
「エマ、会えて良かった! どこかへ出かけていたの?」
少女は、陶器のような頬を火照らせながらエマの両手を握った。
「あ、えぇと……そんなところかしら」
死者の無念を絵にするという噂の魔術師と会っていました――とは言い出しづらく、エマは慌てて誤魔化した。
ゾフィーはエマにとって、幼馴染みであり、数少ない友人だ。余計な心配は掛けたくない。
「エマが出かけるといえば……」
ゾフィーは顎に細い指を添えて思案し、すぐに答えを出した。
「ずばり、ハーブ畑か図書館でしょ!」
「ハーブ畑や図書館に行って、私が手ぶらで帰ってくると思う?」
「あっ、そっか」
「ただ、少し散歩してただけよ。ゾフィーはどうしたの? 私に何か用?」
ゾフィーと会ったのは、ヨーゼフの葬儀以来だった。あの時も、今のようにエマの両手を握り、慰めの言葉を掛けてくれた。
ゾフィーは視線を泳がせ、ぎこちなく口を開く。
「エマは、今、毎日ひとりでご飯を食べているのよね?」
「……えっ?」
思わぬ問いかけに、エマは間の抜けた声を上げた。
「そ、そうだけど……それがどうかした?」
ゾフィーは緊張しているのか、いつもより早口になりながら続ける。
「それって寂しくならない? だって私たち、生まれは恵まれなかったかもしれないけど、ご飯をひとりで食べたことはないでしょう? いつも孤児院の子たちや、院長先生がいたから。何より、女の子の一人暮らしは危険だし……」
「な、何の話?」
「だ、だから、えっと、つまり……」
こほん、と咳払いを挟んで、ゾフィーはようやく本題を口にする。
「エマ、あなたもフレーベル家の子にならない?」
鮮やかなマゼンダの瞳が、縋るようにエマを捉える。突如、道端で想像もしていなかったような話を持ちかけられ、エマの頭は珍しく混乱していた。
私が? あの名門フレーベル家に?
「――こら、ゾフィー。話が急すぎて、エマが困っているだろう」
そこへ、一人の紳士が苦笑いを浮かべてやってきた。ゾフィーの肩に優しく手を置くその人は、現フレーベル家当主、コルネリウス・フォン・フレーベルだ。
「お父様! 馬車で待っていてって言ったのに……」
「なかなか帰ってこない娘を心配したんだ。当然のことだろう」
口調は呆れ半分だが、その瞳には娘への愛情がありありと浮かんでいる。ゾフィーもそれを理解しているのか、食い下がることなく口を噤んだ。
親子の会話が途切れたタイミングで、エマはお辞儀をする。
「こんばんは、フレーベル男爵」
「やぁ、エマ。そんなかしこまらなくていいんだよ。君はゾフィーの大切な友人なんだ。私にも気軽に接して欲しいな」
にこやかにそう話す姿からは、貴族の傲慢さなど一欠片も感じられない。
十年前、齢二十九という若さで当主の座につき、その地位に恥じぬ優れた経営手腕を持ちながら人当たりまで良いコルネリウスを、リンベルクの人々は口を揃えて称賛した。
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