死者の絵を求める者



「僕は死者の記憶を辿ってモルス・メモリエを生み出せるけれど、それが何を表しているかまでは分からない。だから大体、依頼人から聞いたり、自分で調べるんだ。分からないままってことも多いけどね」


 ハイネは、それが繊細な壊れものであるかのように、そっと黒い額縁を撫でる。


「本当は、そんな作業をする必要はないんだけど……この絵を生み出した『画家』として、出来る限り正しく理解しておきたくて」


 自分が描いた絵のことを理解出来ない、というのは苦しいことなのだろうか。エマには想像も出来なかったが、ハイネの横顔はそう物語っていた。


 ――人は、後悔する生き物だ。事の大小はあれど、何かしら。


 当然のことではあるけれど、モルス・メモリエと、ハイネの口から語られた死者の物語に触れ、それを強く実感する。


「そう言えば……ハイネはモルス・メモリエを『納品』するために描いてるって言っていたわよね。それって、どこの誰に?」


 ふと、エマは気になっていたことを尋ねてみた。個人なのか、団体なのかさえも想像出来ないが、死者の無念を集めたがる理由も気になった。


 しかしハイネはエマの疑問に答えず、小さく首を横に振る。


「それは、言えない。顧客の情報だしね」

「あ……そうよね。ごめんなさい」

「気にしないで。さ、それじゃあそろそろアトリエに戻ろうか」


 ハイネはそう言って、エマに背を向けて元来た道を歩き始めた。まるで、早く話を切り上げたがっているような素振 そぶりだった。


 後方には、来た時に見たのと同じ扉の絵が飾られている。戻る時にもあの絵を使うのだろう。


 エマは最後にもう一度、壁に並ぶモルス・メモリエに視線を走らせてから、ハイネの後を追った。

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