死の真相


「まずは君の意思を確認しておきたい。ひとつめは、ヨーゼフ・ファスベンダーのモルス・メモリエを描かせてもらっても良いかということ。もうひとつは、彼の情報を君から色々と聞き出しても良いか、ということだ」


「先生の、情報……」


「うん。モルス・メモリエを描くには、死者に関する詳細な情報を知っておく必要がある。説明が難しいんだけど、死者の記憶の海から対象の記憶を正しく探し当てるため……って感じかな。そうやって視た記憶を、僕は絵にしているんだ」


「人捜しと同じようなものってことかしら? その人物の外見や服装、よく行く場所とか、癖とか……なるべくたくさんの情報があったほうが捜しやすい、みたいな」


「そう、まさにその通り。僕も可能な範囲で情報は集めたけど、新聞や噂話は信憑性に欠けるだろう?」


 ヨーゼフの死後、様々な憶測が町に流れていることを思い出しながら、エマはアップルティーを口に含んだ。爽やかで上品な香りと、ほのかな甘酸っぱさが体中に染み渡る。


「それで、信憑性の高い話を聞くために、ヨーゼフ先生の弟子である私を呼び出したということね。ヨーゼフ先生には家族も親戚もいないから」


「うむ。話が早いね」


 頷くハイネは、どこか満足そうだ。


 ――手紙の内容と、噂に聞いていた話から、こういうことではないかと予測していた。その上で足を運んだのだから、エマの答えはとっくに決まっている。


「分かったわ。協力する」


「……もう少し悩むものだと思っていたよ」


 即答したエマに、ハイネは困ったように微笑んだ。


「ファスベンダー氏は、君にとって大切な人だったんだろう。そんな人の死について、根掘り葉掘り聞かれるのは辛くはないかい? まぁ、お願いした僕が心配するのも変だけど」


「大丈夫よ。それより、私は……先生の死の真相が知りたいの」


 ハイネが何かを言う前に、エマは続けた。


「モルス・メモリエは、死者の無念を描いたものなんでしょう? どんなものか想像付かないけど、もし……もし、先生が……


 ティーカップを持つ手に力が入る。今、エマを支配しているのは、悲しみではない。


 ――怒りだ。


「犯人の顔が、カンヴァスに描かれるのかしら」


 油の香り漂う部屋に、質量を伴っていると錯覚するほどの静寂が流れる。


 ハイネはエマの顔を見て、驚いたように動きを止めた。瞳だけが微かに揺れている。エマは黙って答えを待っていた。


 ハイネはやがて長い息を吐き、ティーカップをソーサーの上に戻す。


「――そうだね、その可能性も勿論あるさ。ファスベンダー氏が犯人の顔を見ていたとしたらね。もし見ていたとしても、別のことを無念に思う気持ちのほうが強ければ、その絵になるけれど」


 つまり、犯人を見て『こいつに殺されるなんて』――とか、殺されたことへの恨みや悔しさが何よりも強ければ、モルス・メモリエは犯人の顔になる。その可能性がどれくらいあるのか分からないけれど、ゼロではないらしいことに、エマはひとまず希望を見出した。


「……死ぬときって、どんなことを無念に思うものなのかしら」


「人によって結構違うものだよ。……そうだ」


 ハイネは唐突に立ち上がると、布の掛かったカンヴァスをイーゼルごとズルズルと引っ張り始めた。自分の身長とほぼ同等の高さを持つそれを動かすのはなかなか大変そうに見えたが、また手伝うと言えば再び彼のプライドを傷付けてしまうだろう。

エマはハラハラしつつ、見守ることに徹した。


 エマが見える位置までカンヴァスを移動させたハイネは、ごほんと咳払いをして話を再開する。その頬は力を込めたせいか、微かに紅潮していた。


「モルス・メモリエがどんなものか、君に見てもらっておいた方がいいかもしれない。そのほうが、心の準備が出来るんじゃないかと思ってね」


「見せてくれるの?」


 期待を込めて、エマは身を乗り出す。ハイネは返事の代わりに口角を上げると、さっと布を取り去った。


 そこに描かれていたのは――一枚の、素朴な扉だった。

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