絵画のような少年


 少年だ。歳は、もうすぐ十七になるエマより五つほど下だろうか。エマが知る近所の子どもたちより少し痩せ気味だが、静かで落ち着いた雰囲気が彼を体格よりも大人に見せていた。


 シルバーグレイの髪は、窓から差し込む光の加減で微かに青みがかって見える。それがどこか繊細で、神秘的な――そう、絵画のような美しさを持つ少年だった。


 しかしエマが驚いたのは、彼の美しさ故にではない。


 少年は、おそらく、泣いていたのだ。ついさっきまで。


澄んだ空を思わせるシアンの瞳と、細く長い睫毛は微かに濡れているし、目元は赤い。


「……泣いていたの?」


 虚を突かれたエマは、ようやくそれだけを尋ねた。少年は涙のあとを確認するように頬を軽く撫でると、にこりと笑う。笑うと、かなり雰囲気が変わる少年だ。


「いや、この季節の花粉に弱くてね。毎年こうなんだ」


 花粉症と言いたいのだろう。エマは違和感を覚えたものの、それ以上言及はしなかった。


「エマ・ブラント壌だね? 僕がハイネ・ヴァイツだ。ハイネでいい」

「……あなたがハイネですって? 弟子、とかではなくて?」

「ははは! 弟子ね、一度取ってみたいものだ。君、なってみるかい?」

「お断りするわ。私、ヨーゼフ先生の弟子なの。魔術師じゃなくて薬師の、だけど」


 エマは、自分がヨーゼフの弟子であることを誇りに思っていた。これから先もずっと、彼の弟子でいたかった。

 ハイネはエマの顔をじっと見つめたあと、静かに言った。


「そうだったね。ヨーゼフ・ファスベンダー。君の師で、この町、リンベルクの薬師だった」


 ハイネが過去形を使ったのには理由がある。

 ヨーゼフ・ファスベンダーは、ほんの数日前に死んだのだ。


「……先生のことは新聞にも載ったけど、私の名前も知ってるなんて、詳しいのね」

「死に関する情報を仕入れるのも僕の仕事なんだ。死者の無念を描いた絵、モルス・メモリエを『納品』しなくてはならないからね」

「モル、ス……?」

「モルス・メモリエ。古い言葉で『死者の記憶』といったところかな。……あぁ、そうだ!」


 パン、と突然ハイネが手を叩いたので、エマは目を丸くした。ハイネは部屋の奥の棚に向かうと、背伸びをして何かを探し始める。


「君が来たら美味しいお茶を出そうと決めていたんだ。ただ、若いお嬢さんが好む味が分からなくて……どれがいいだろうか」


 自分よりも歳が下であろう少年に、若いなどと言われるのはむず痒さを感じる。


 両手を挙げ、棚の一番上をごそごそと探るハイネを黙って見ていたエマだったが、暫くして躊躇いがちに提案した。


「あの、届くかしら? 届かないなら、私が代わりに……」

「いや! それはいい!」


 弾かれたように振り返り、ハイネは答えた。


「それはその……僕のプライドに関わるというか……とにかく、君はそこに座って待っていてくれ」


 ハイネが耳を赤くしていたので、エマは少し申し訳ない気持ちになった。子どもなのだから、そこまで気にしなくて良いと思うのだけれど。


 ハイネは色んな種類の茶葉を用意していた。好みを聞かれ、エマはアップルティーを選んだ。ハイネは二人分のアップルティーを淹れて、シナモンクッキーまで用意してくれた。


 ハイネも椅子に腰掛け、一口飲んだところで、話は本題に入る。

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