第7話 魔族の価値観

「どうしようどうしよう……」


 宿屋の中で、私は歩き回っていた。

 勇者様は魔王を倒した、一息ついているのか、あれからレベルは上がらない。

 だが、こうしている間にも、また勝手に経験値が入ってくるかも知れない。

 そう思うと、不安で仕方なかった。

 これ以上、不正に経験値を入手したら、今度こそ体が壊れるかもしれないからだ。


 確証はない。

 大丈夫かもしれない。

 だけど、そこが怖いのだ。

 何が起こるかわからない、ということへの恐怖。


「あの……ヒナ様、なぜそうも慌てているのですか?」


 部屋の入り口に控え、ランは首をかしげる。

 そうだよな……傍から見たら、私は意味もなく歩き回る不審者だ。


「い、いや、何でもないんだよ。

 なんでも……」


 だけど、がくしゅうそうちのことは、話せないよなぁ。

 話した結果「それはまずいですね。あなたは明日死にます」なんて言われたら、私の心が持たない……。


 だけど、話して楽になりたい気持ちもある。

 このまま私一人で悩み続けても仕方ない。

 どうするべきか……。


 私は数分悩んだ結果、それとなく話してみることにした。


「ねえ、ラン」

「はい、なんでしょう?」

「仮に……仮にだよ。

 他人の経験値をコピーする装置を人間が付けたら、やばいと思う?」


 ランは素っ頓狂な顔をして、深く首を傾げた。

 そうだよね……何を言っているのかわからないよね……。


「……経験値は天による力の再配置と言いますし、そんなものがあるとしたら、神への小さな反逆ともいえるでしょうね」


 ランはわからないなりに応えてくれた。

 神への反逆……私はそんなヤバいことに手を染めていたのか……。

 スケールがデカすぎて腑に落ちないが、やばいということはわかる。


「でも、それがどうかしましたか?」


 だがランは、まったくと言って動じない。

 まあまさか、自分を倒した奴がそんなものに手を染めているなんて、思わないか……。


「そ、それってヤバくない?」


 だって、神への反逆って……じゃあ怒った神が、突然私に天罰を下してもおかしくないってことじゃん!


「まあヤバいと言えばヤバいのかもしれませんが……。

 それを言えば、魔力だってそうですよ。

 神に疎まれた魔族から生まれた力、それがどこかで人間の血に交じって、今では当たり前に使われているんですから」


 ……ランは平然とすごいことを言った。

 この世界、普通に魔法があるから、そういうもんなのかと思っていたが、そのルーツは神と敵対する者から来ているらしい。


「そ、そうなの?」

「あれ?

 人間はそう言う自覚がないのですか?

 今でこそ聖職者も使う魔力ですが、元々はヤバいものですよ。

 でも、神は人間の世界には基本的に不干渉ですから」


 じゃあ、安心していいのかな?


「ちなみに、ヒナ様はその装置を付けているのですか?」


 続けて、ランはストレートに訊いてきた。

 これ、本当のこと言っていいかな?

 言ったら「幻滅しました」とか言って逃げられないかな?


「そ、そそそそそそんなことないよ!」

 

 必死にごまかすが、ランには見抜かれていたようだ。

 ランは私を睨みつけ「本当に?」と問うてきた。

 これがほんとの蛇睨み。


「……実は、つけてます……今……」


 ランは素直に「へぇ」と驚くと、

「では、あの強さはその装置から得られたものだったのですね」

 と納得した様子だった。


 あれ?

 思ってた反応と違う……?


「軽蔑したよね……自分を倒した相手が、そんなヤバい装置に手を染めていたなんて」

「そんなことありませんよ」


 本心か否かはわからないが、ランは私を拒絶したりしない。


「魔族は実力主義なんです。

 正しい無力より、不正な実力。

 何はどうあれ、ヒナ様がレベル30であることは揺るがない事実ではありませんか」

「あ……私今……60」


 ランは目を丸くして「ろく……じゅう……」と漏らす。


 レベル30で街の守護神なんだから、その2倍ってどのレベル?

 まあ魔王なんて言ういかにもラスボスっぽい奴の経験値なんだから、そのぐらいにはなるか……。


 するとランは、突如として私に跪いた。


「感服いたしました……。

 一生お供いたします」

「なんで!?」


 魔族の価値観……ちょっとわからない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る