第5話 メイドさんができました

 さすがはキング……つまりは王と呼ばれるだけのことはある。

 キング・スネークの体調は、見る限り15メートル以上。

 それがとぐろをまいて、地面に構えている。

 

 正直言って、怖い。

 だけど、明日からの生活のためだ、やるしかない!

 それに、今の私はレベル30、かなり高い方らしい。

 落ち着いてやれば、大丈夫……。


 キング・スネークは「シー」とこちらを威嚇しながら、長い舌ピロピロとゆらめかせる。

 こちらを食べるつもりだろうか。


 数十秒ほどの睨み合いが続いた末、先に動き出したのはキング・スネークだった。

 シュン!

 と上半身が見えなくなったと思ったら、目にも留まらぬスピードで鋭い牙を剥いた。

 目にも留まらぬ……と言っても、それは前世での私の話。

 今の私なら、反応できる!


 私は身を翻し、蛇の牙をギリギリのところで躱した。

 ガチンという音が耳のすぐ横でした。


 その音に、私は思わず恐怖を感じた。

 仮に噛みつかれていたらどうなっていたのだろうか……。

 そういう想像が働いてしまうからだ。


 だが、躱してしまえばこちらの物。

 蛇が頭を引っ込める前に、短剣を突き刺してやる!

 

 私は足に力を込め、蛇の頭へと駆け寄る。

 奴は頭を戻す様子はない。

 このまま――!


「――きゃっ!」


 まるで鞭のように振るわれた蛇の尻尾が、私の体を吹き飛ばした。

 私は慣性を失うまで、地面を転がり続けた。

 ようやく静止した体を起こし、自らの状態を確認する。


 強力な一撃をもらったんだ、骨折とか――。

――は、していなかった。

 というか、これといってダメージも受けていない。


「これが、レベル30……」


 私は顔を上げ、蛇を睨みつけた。

 蛇も同じく、私の実力を悟ったらしい。


「どっからでもこい!」


 私は蛇にそう叫んだ。

 レベル30の体、負ける気がしない。


「はあああああああ!」


 私は短剣を手に、蛇へと駆ける。

 蛇も、そんな私に対して、牙を剥いた。


 素早い蛇の噛みつき。

 だが、さっきも避けられたんだ。

 当たるわけがない!


 私は蛇の牙を、体をひねって躱す。

 私の腹部に、蛇の頭が擦過した。


 次の奴の一撃は、尻尾による振り払い。

 それもわかっている!


 私は跳躍し、尻尾による一撃も躱した。

 後は、奴の体に短剣を突き刺し、傷を負わせるだけ!


 昔遊んだハンティングアクションゲームだって、チクチク攻撃してようやく倒すんだ。

 一撃で倒すことは考えない。

 少しずつでいい、敵にダメージを与えるんだ!


 そんな私に対し、蛇は顔をグルんと振り向かせ、攻撃してきた。

 私の後方から、牙を剥いて突っ込んできたのだ。


「なっ!?」


 太陽が遮られ、蛇の影が私を覆う。

 その異変に気が付き、ギリギリのところで躱すことができた。

 だが……。


 その一撃を躱したことで、私の体は蛇の体で出来た円に、囲まれてしまった。


「嘘!?」


 蛇はそのまま、円を狭め、私の体を縛り付けてきた。


「ちょ、い、痛いって……!」


 臓器が圧迫される。

 骨が軋む。

 息が詰まる。


 私の体が、危険だという信号を脳に送る。

 このままじゃ、すりつぶされる……!


 だが、蛇がそれ以上に力を込めても、私の体がつぶれることはなかった。

 息は苦しいが、生きていられる。

 まさか、私が強すぎて、蛇の攻撃では私の防御力を破れない……?


 だが、これはチャンスだ。

 私は必死に死にそうな演技をしてみた。


「だ、だめ……もう……!」


 試しに、全身の力を抜いてみる。


 すると、蛇はそのまま10分間ほど、私の体を締め付け続けた。


 10分後、私の体は解放された。

 空中で自由になった私の体は、そのまま地面に倒れ伏した。

 思わず手を突きそうになってしまうのを、必死に我慢する。

 いわゆる死んだふりだ。


 蛇は私の体をくんくんと嗅ぐと、大口を開け、私の体に食らいつこうとした。


「待ってたよ、この時を!」


 私はすぐに体を起こすと、手に持っていた短剣を、大口を開けた蛇の喉へと押し込んだ。


「ギョアアアアアア!」


 蛇は叫び声を上げて、血をまき散らしながらのたうち回る。


 私はもう一度剣を握りなおし、空へと跳躍。


 短剣を、力任せに振り下ろした。


「これで、終わりだよ!」


 もう勝負は決した。

 蛇はこのまま脳天を割られ、私に敗北するだろう。

 きっと観戦者がいたら、誰もがそう思うはずだ。


 その時――。


「負けです!

 降参です!

 だから、命だけは!?」

「え……?」

 

 ぼんっと、蛇から紫色の煙が噴き出した。


 その煙の中に立っていたのは、蛇の下半身をした、少女!?


 振り下ろされてしまった剣は止まらない。

 無慈悲にも、私の短剣は少女の体を切り裂かんと突き進み――。


「きゃあ!」


 蛇の下半身を持つ少女は、自らの尻尾を盾に、私の攻撃を凌ごうとした。


 スパァン!


 と音がし、蛇の尻尾が空を舞う。

 少女の下半身は、人間で言うつま先のあたりで断ち切られたのだ。


 私は着地し、震える目で蛇の少女に目をやった。

 彼女の尻尾はどさりと、私の後方に落ちた。


「……え……?

 わ、私の尻尾が……!?」


 唖然とする蛇の少女。

 そんな彼女を、私は呆然と見つめていた。


「あ、えっと、そんなことはどうでもよくて……。

 ご、ごめんなさい、この通りです!

 だから、命だけはお助け下さい!」


 蛇の少女は、私に対し、綺麗な土下座をした。

 まさか、この少女は……?


「もしかして君、あのキング・スネーク?」

「そ、そうです!

 私は誓って殺しはしていません!

 ですから……!」

「ちょっとまって。

 今整理するから」


 行方不明事件が起きていると、ギルドへ依頼があった。

 私はその依頼を受け、キング・スネークの討伐に向かった。

 そのキング・スネークが、女の子の姿に変身した。


「え……。

 ええええええええええええええっ!?」


 私は思わず、絶叫した。


「き、君があの大蛇……?

 私、君の尻尾斬っちゃったよ!」

「ですから、私の負けなんです!

 許してください!

 どうか、命だけは……!」


 蛇の少女は頭を下げるきりで、説明をしようとしない。

 もしかしてこの世界では、魔物が人の姿になるのは常識とか……??


 少女は頭を下げたまま、震えている。

 その様子を見て、このままじゃ埒が明かないと思った私は、自分が落ち着くまで深呼吸を繰り返した。


 数分後。


「えっと、君がこの辺りの人を攫っていたキング・スネークなんだよね」

「仰る通りです……」

「でも、誓って殺しはしていないと」

「本当です!

 人間には食べ物を集めさせていただけで、私は何も……!」

「なにもって……人を攫ったんじゃん」


 蛇の少女は、痛いところを突かれたからか、肩をビクンと震わした。


「ゆ、許してください……!

 何でもしますから……!」

「ん?

 今何でもするって言ったよね?」


 ってことはこの子を煮るも焼くも、私の自由ってわけだ。

 今は土下座していて、顔は見えないけど、風貌からしてなかなかの美少女っぽいし、こんな子をしたがえてスローライフが出来たら、幸せだろうな。


「じゃあ、約束して

 まず、攫った人を解放すること」

「……はい……」

「もう、人に危害を加えないこと」

「……はい……」

「最後に、私に付き従い、私の冒険の戦力になることと、私の身の回りのお世話をすること」

「……はい……」

「そうしたら、許してあげる」


 蛇の少女はゆっくりと顔を上げた。


「そ、そんなことで許してくれるんですか……?」

「もちろん。

 でも約束を破ったら……」


 私は、少女の目の前に短剣を突き立てた。

「ひっ」と声を上げ、肩を震わせる少女。


「わ、わかりました!

 二度と悪さはしません!

 一生ついていきます!」

「よろしい。

 名前を聞いてなかったね。

 私はヒナ、あなたは?」

「私なランです……キング・スネークのラン」


 私は手を差し出した。


「それじゃあ、これからよろしく」

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