第3話 装着! 学習対象は……

「がくしゅうそうち……?」


 なんだそれ、勉強ができるようになるの?

 確かに異世界だし、薬草の知識とかはいるだろうけど……。


「これを魔獣に装備させ、学習対象を定めます。

 すると、学習対象が得た経験値を、そっくりそのまま魔獣にも分け与えることができるんです!

 冒険者様ですから、魔獣をテイムすることもあるでしょうし!」


 経験値……ってあれだよね、RPGによくある、敵を倒したら得られるポイントのことだよね。

 それをもらうとレベルが上がって、強くなって……崇められて……。


 ってことは、これを私が付けて、誰かに戦ってもらえば、スローライフに一歩近づく……?


「……え~っと、これって人が付けることも?」


 私は恐る恐る聞いてみる。

 シャーユさんは魔獣に使うものだと言った。

 これが仮に、人に使えたとしたら、私は楽にレベルアップできる……!


「あくまで魔獣用と聞かされていますから……何とも……。

 経験値は天啓、それを捻じ曲げる道具ですから、人なんかに使ったら何が起こるか……」


 やっぱり、人に使っちゃいけない系の物か……。

 新薬が出来たとき、まずは動物で実験するのと同じ。

 このがくしゅうそうちも恐らくは、新開発品の類ということだろう。


「ちなみにこれ、知り合いの博士の新製品ですから、世界で一つだけのレアものなんです!」


 ほら、やっぱり。


 もらえることは素直に嬉しいけど、自分には使えないのか……。

 手元にあると誘惑が……。

 使っちゃいなよって悪魔のささやきが……!


 だって、これがあれば、楽にスローライフを手に入れられるんだよ!

 自分で努力しなければ手に入らない生活が、いともたやすく!

 ダンジョンに隠れて、通りかかった冒険者を学習対象にすれば、無限にレベルアップできるんだよ!

 そんなものを持っていて、自分に使っちゃいけないなんて……!


 ダメだ。

 断ろう。

 悪魔のささやきに負けて、私が付けてしまったら、死ぬよりもつらい目に合うかもしれない。

 そうならないためにも、私が持つべきじゃないんだ。


「ありがとうございます!

 ありがたくいただきますね!」


 やっぱり悪魔のささやきには勝てなかったよ……。


 でもほら、私が使わなければいいだけだから、それだけだから!


「あ、そ、そうだ。

 この辺に街とかありませんか?

 私、迷ってしまって……装備も心許ないですし……」

「それでしたら、南に真っ直ぐ向かうと街がありますよ。

 今からでしたら、日が落ちるまでには着けると思います」


 そう言って、シャーユさんは真っ直ぐ地平線を指差す。

 なるほど、こっちに進めばいいのか。


「ありがとうございます。

 おかげで野垂れ死ぬことはなさそうです」

「それはよかった!

 あなたのおかげで助かったんですから、このくらいはしませんとね!」


 私は手に持ったがくしゅうそうちに、視線を落とす。

 恩返しという名の悪魔の誘惑……。

 やっぱり、いらないと言って返さなくちゃ……。

 わかっているはずなのに……!


「っと!

 実は俺、さっきのラージカマキリとの戦闘で、仲間とはぐれてしまったんです。

 仲間の元に戻らないと」

「そ、そうですか……!」


 早くがくしゅうそうちを返さないと!

 そうしないと、取り返しがつかなくなる!

 なのに……なのに……!


「なんせ、ドラゴンと戦って消耗した後だったんで……。

 早く仲間を探してやらないといけないんですよね」


 シャーユさんは、ドラゴンを倒せるほどの凄腕らしい。

 こんな人を学習対象に設定できれば、私も……!

 いけない! そんなこと!

 人が使ったら何が起こるかわからないものなのに!


「それはいけませんね!

 早くお仲間を探してあげてください!」


 返さないといけない……なのに……!


「ええ、ありがとうございます!

 冒険者さんも、お元気で。

 また会ったら、その時はしっかりとお礼させてください!」


 そう言って、シャーユさんは足を引きずり、私から離れていく。


 今なら、今ならできる――そんな誘惑が、頭から離れなくて……。


 私は、がくしゅうそうちを握りしめた。

 すると、人の頭ほどの大きさのフラフープは、宙を舞い、私の腕に滑り込んだ。

 ブレスレットのように固定されたのだ。


「学習対象は……シャーユさん」


 去って行くシャーユさんを指さして、そうつぶやいた。


 まあ、学習対象が離れていては、まともに機能しないだろう。

 だから、これは出来心からしたこと。

 本気で使おうとしたわけじゃない。

 自分自身にそう言い聞かせ、私は南へと歩き出した。


―――


 その後、私は街に着いて、三日間を寝て過ごした。

 久しぶりに歩き回ったことと、前世の出来事から疲れが溜まっていたのだろう。


 払うお金が無くなったことから、宿を追い出された私は、街の人にお金を稼ぐ方法を聞いた。

 どうやら、ギルドというところに行くといいらしい。


 ということで、私は冒険者ギルドに、冒険者登録をしにやってきたのだ。


「――ということで、冒険者登録は終わりました。

 最後は、ステータスを確認させていただきます」


 そう言うと、ギルドの受付嬢をしている女性は、巨大な水晶玉を取り出した。


「ステータス……ですか……?」


 経験値といい、勇者といい、この世界はまるでゲームの中だ。

 ステータスといえばあれだろう、いわゆる「つよさをみる」だ。


「はい。

 あなたの身体的特徴を数値化することで、より自分に合った仕事を見つけることができます。

 依頼者側にも、冒険者側にも優しいシステムです」

「じゃあ、お願いします」


 受付嬢に促されるまま、水晶に手を置く。

 すると、空中にウィンドウが浮かび、私のステータスが表示された。

 まあ、冒険なんてしたことないし、どうせレベル1だろう。


名前:ヒナ・サカイ

レベル:34

職業:冒険者

筋力:132

防御力:123

素早さ:120

魔法攻撃力:99

魔法防御力:97


「さ、34!?」


 受付嬢の声が響き渡る。

 確かに、想像よりは高いが、そんなに驚くことなのか!?


「ぼ、冒険者様!

 あなたにしかできない仕事があるんです!」


 受付嬢は、血相を変えて、ぱたぱたとギルド内を走り回る。

 そうして、入り口横の掲示板から、一枚の依頼書を剥がし、私の目の前に突き付けた。


「キングスネークの討伐!

 いかがです!?」


 そこに書かれたいた依頼は……。


「えっと……『街を脅かすキングスネークの討伐。

 適正レベル:30』?」

「30レベルなんて、街の守護神レベルです!

 あなたにしかできない依頼なんです!」


 え、30レベルってそんなにすごいの……?

 でも、何もしてない私が、なんでそんな高レベルに……?


 その時、私は重要なことを思い出した。

 私の左腕にはめられた、がくしゅうそうち……。

 この数日間のうちに、シャーユさんが、強大な魔物を倒していたら……?


『経験値は天啓、それを捻じ曲げる道具ですから、人なんかに使ったら何が起こるか……』


 その言葉を思い出し、私の背筋は、まるで氷でできた剣を刺されたように、冷たくなった。

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