第2話 がくしゅうそうちをもらいました
「待って――!」
目覚めると、私は草原に横たわっていた。
眼前に広がる大空、草と土の柔らかい感覚。
都会とは大違いだ。
「……今のは夢……?」
私は、ゆっくりと体を起こす。
信じられないことに、辺り一面は綺麗な草原だった。
「……じゃない……」
ここが、女神様の言っていた、スローライフが許される世界……?
確かに、のどかな場所だけど……。
私が来ていたのは、冒険者風の服だった。
布で出来た白いシャツの左肩に、皮が当てられている。
ボトムスのホットパンツからは、自分の物とは思えないほど綺麗な足が、すっと伸びている。
左腰には短剣、右ポケットには銅貨10枚が入っていた。
まったく知らない土地で過ごすには、少々心許ない。
女神様は、欲しいものは自分で手に入れろと言った。
この質素な装備も、その言葉の通りなのだろう。
「少し歩くか……」
とはいっても、このままでは何も変わらない。
私は異世界での第一歩を踏み出した。
初期装備に剣が含まれているということは、すなわち武器を振る必要がある世界だということ。
夜になる前に街に着かなければ、どんな危険があるかわからない。
だが、思ったよりも綺麗な場所だ。
スローライフが許される世界というだけはある。
確かに、こんな草原に家を建てて、自給自足の生活が送れたら、幸せだろう。
あの女神様も、あんな厳しいことを言ったが、悪い人ではないということか。
草原の中に道を見つけた私は、それに沿って歩いてみることにした。
のどかな景色の割に、動物は見当たらない。
こんなきれいな場所なんだから、鳥の一匹くらいいてもよさそうだけど。
その時だった、私の頭上を、一粒の影が横切ったのは。
「石が、降ってくる?」
いや、石なんかじゃない……あの豆粒のような影は……!
人だ。
ズドン、という音を立てて、その人影が私の数メートル先に墜落した。
次いで、これまた一つの影が、同じ場所に墜落する。
二つ目の影は人ではない。
もっと大きな――。
――大きな、カマキリ!?
「え……えええええええ!?」
予想外な襲来者に、私は叫び声を上げた。
だって、綺麗な場所だったんだもん。
最初に会う動物は、可愛いうさぎみたいなものだと、勝手に思い込んでいた。
まさか、こんな巨大な虫……いや、モンスターが住んでいる世界だったなんて……!
あの女神様は、こんな世界でスローライフを送れって言ってんの!?
私が硬直しているうちに、土煙が晴れ、カマキリの足元に転がる人が見えた。
その人はゆっくりと体を起こすと、カマキリを見上げた。
だが、私が目を奪われたのは、その人の装備。
青と金で彩られた、頑強に見える鎧。
あの高さから落ちても、傷がついているようには見えない。
まるで、ファンタジーの主人公のような装備だ、と思った。
「ぐ……ここまでか……!」
その主人公のような人は、血を吐きながらそう言った。
どうやら追い込まれているようだ。
まさか、カマキリの方が優勢……?
この人、主人公みたいな見た目なのに……?
ということは、このカマキリは、こんな強そうな人を追い込むほどの強さを持っている。
短剣一本しか持ってない私が、勝てるはずがない!
となれば……!
「逃げる!」
私は、カマキリに背を向け、全力で駆け出した。
とにかく離れなければ!
せっかくもらった二度目の人生、こんなところで失うわけにはいかない!
そんな私の後ろから、ドスンドスンといった足音が聞こえてきた。
まるで、私を追っているかのように……。
「……え?」
私は全力疾走しながら、後方を確認する。
なんと、あのカマキリは、真っ直ぐ私の方に走ってきているではないか!
「な、なんでぇ~!」
巨大な影はあっという間に私に追いつき、太陽を覆い隠す。
影が右の鎌を振り上げる。
まずい!
そう思い、私はすぐさま前へと飛び退いた。
すると――。
ずがああん!
私の後方で、強烈な一撃が放たれた。
カマキリの鎌が振り下ろされたのだ。
その一撃は地面に小さなクレーターを作り、衝撃波を放つ。
その衝撃で、私は数センチ、前へと押し出された。
「こ、こんなの聞いてないって!」
走る、走る、走る。
だが、もうだめだ。
ここ数年、まともに運動してなかった私が、全力疾走を長時間できるわけがない。
きっと、次の一撃が放たれたら、私は成す術もなく切り裂かれるのだろう。
「ど、どうせ死ぬなら」
がさがさと蠢く、カマキリの足。
巨大な影が、再び私を覆い――。
「痛くない死に方がよかった……」
そんな願いなど知ったことかと、鎌が振り下ろされた――。
「――聖剣よ、我にその力を示せ!
ホーリーディザスター!」
刹那、後方から出現した光刃が、カマキリの上半身を蒸発させた。
ヘロヘロと走る私を、その衝撃波が吹き飛ばす。
「のわあああああああ!」
私はその衝撃波に吹き飛ばされ、地面に突っ伏した。
「え……助かったの……?」
意味が分からない。
突然巨大なカマキリが現れ、そのカマキリが、今度は何者かによって消し飛ばされた。
なんなの、この世界……?
「大丈夫ですか!」
声の方を振り向くと、そこにいたのは、主人公のような男性。
動かない足を引きずりながら、私の方へと歩み寄ってきた。
私は、全力疾走した疲労感と、これまで起きた出来事の衝撃で、そこから動けなかった。
そんな私に、主人公のような男性が手を差し伸べてくれた。
私はその手を使って起き上がる。
すると、その男性は、私に深く礼をした。
「ありがとうございました!
ラージカマキリは動くものを見ると追ってくる、その性質を利用し、俺を助けてくれたんですね!」
あのカマキリ、ラージカマキリっていうのか……。
ってそこじゃなくて!
私、この人を助けたことになってる……?
「まともな武器も持たないのに、俺の為にそこまでしてくれるなんて……この御恩、どうやってお返しすれば……」
「ちょ、ちょっと待ってください!
私は逃げただけで……!」
私が事実を言うと、男性は目を輝かせた。
「御謙遜を!
あなたのおかげで俺は助かったんです!
聖剣の力は引き出すのに時間が掛かりますから、あなたがラージカマキリを引き受けてくれなければ、俺はあそこで死んでました」
……この人、話が通じない?
「おっと、申し遅れました!
おれ、シャーユっていいます、勇者をしています!」
勇者……ということは、本当に主人公だったんだ、この人。
勇者なんていう概念があるってことは、ここはファンタジーの世界ということ?
「あ、どうも、私はヒナっていいます」
「ヒナさんですか……見たところ、冒険者様ですね!」
「ええ、まあ、そんなところです」
本当は無職だけど、ここは流れに任せて、そう言っておくことにした。
「先程はカッコよかったです!
ラージカマキリを、たった一人で引き付けるなんて!」
「だ、だから私は逃げただけですって!」
「そうおっしゃらないでください!
何かお礼をしなくては……!」
お礼か……確かに、私もこんな装備じゃ、街までたどり着けるかわからないし、もらえるものはもらっておこうかな……ちょっと悪いとは思うけど。
「でも困ったな……今渡せるものなんか……」
シャーユさんはそうだ、と手を叩き、懐の道具袋から、何かを取り出した。
その「何か」はシャーユさんの手の中で大きくなり、私に差し出された。
「お礼と言ってはなんですが、これを!」
「……これは?」
見たところ、小さなフラフープだ。
大きさは人の頭一つ分というところか。
「それは、がくしゅうそうちです!」
シャーユさんは、そう笑った。
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