勇者の経験値をパクってみた。~勇者が魔王を倒したので、その経験値で努力せず最強に~
すぴんどる
第1話 転生しました
私は
自他ともに認める社畜だ。
別に社畜になりたくてなったわけじゃない。
ただ、やりたい仕事がなかっただけ。
やりたい仕事がないから、誰もやりたがらない仕事をする。
やりたい趣味がないから、仕事しかやることがない。
気が付いたら、毎日午前四時まで働いて、午前六時には出勤していた。
二時間睡眠だ。
有給なんて取れない。
まあ、有給なんか取っても、どうせやることもないしいいか、なんて思っていた。
仕事は次第に多くなり、週に一日は取れていた休みが、潰れ始めた。
唯一の休息だった休みがなくなるなんて「そんなに仕事をしたら、体を壊すぞ」と誰もが言うだろう。
変化が起きるのは意外に早く、10連勤目から始まった。
体が言うことを聞かない、面倒で仕事が手に付かない。
そうなったら、迷わず栄養ドリンクを飲んだ。
出勤前に、昼食後に、夕食後に……栄養ドリンクの消費量は、次第に増えていった。
そして今日。
一つの大きなプロジェクトが終わり、社内が安穏とした空気に包まれた瞬間に、それは起こった。
……いや、起こったじゃない。
「終わった」といった方が正しいのかもしれない。
プロジェクトの成功に安堵した私は、緊張から解き放たれたせいか、そのままぶっ倒れた。
本当に、一瞬の出来事だった。
そのまま私は、死んだのだ。
そして私はここにいる。
上も下も右も左も、白に囲まれた空間に。
その白の中に、唐突にぽつんと置かれた椅子が一つ。
その椅子に座っているのは、天使のような翼を背に付けた、一人の女性。
「えぇっと、ここは?」
状況がいまいち呑み込めない私は、その女性に質問をした。
いや、呑み込めないといったのは半分嘘。
私はもう、わかっている。
ここが死後の世界で、私の魂は、天国か地獄、どちらかに振り分けられるといういうことを。
だけど頭が、それを理解することを拒んでいるのだ。
「ここは死後の世界の入り口です。
亡くなった人はみな、ここを通り、本当に死ぬのか、新しい命に生まれ変わるのかを決めるのです」
女性は、慈愛をはらんだ声で、そう言った。
この人は――?
「あなたは、もしかして女神様ですか?」
私の質問に、女性は頷くと、微笑みと共に答えてくれた。
「はい。私は女神。
あなた達を新たな世界に導く存在です」
本当に女神様だった。
っていうことは、やっぱり私は死んだのか……。
その事実が、私の胸を責め立てた。
だけど、不思議と悔しさは感じない。
あの地獄のような世界から、解放された喜びの方が勝ったからだ。
「この度はご愁傷さまでした。
死の悔しさよりも、生から解放された喜びの方が勝る……そんなお辛い人生を、過ごしていたのですね」
女神様は、私の気持ちを代弁するかのように、そうおっしゃった。
この人、わかってくれるのか……?
「ええ、自分でも不思議なんです。
このまま天国に行けるなら、こんなにうれしいことはないくらい……」
女神様は微笑みを崩さず、優しい声で私に応えてくれる。
「そうですか……死後の世界の決まりで、比奈さんのような境遇の方には、記憶を持ったままの転生が許されています。
辛い人生だったのでしょう?
別の世界で幸せになりませんか?」
「え、そんなことできるんですか?」
転生……悪くないかもしれない。
でも、私には一つ気掛かりがあった。
「でも、私あんまりやりたいことがなくて……。
だから転生したとしても、幸せになれるかどうか……?」
そうだ。
このまま転生したとしても、やりたいことがなければ、また社畜になって終わりだ。
せっかくの転生も、そうなってしまえば意味がない。
「存じております。
やりたいことがない……それは、誰にも邪魔されず、ゆったりと暮らすのが夢ということの、裏返しなのではないですか?」
私の不安とは裏腹に、女神様の声は優しい。
その優しい声に、私ははっと気付かされた。
そうだ……確かにやりたいことはない。
それってつまり、何もやらないことが好きということだ。
誰にも邪魔されないスローライフ。
好きな時に寝て、好きな時に食べる。
それこそが、私が望んだ世界。
私が元の世界で幸せになれなかったのは、そのスローライフが実現できなかったからだ。
もし、そんなスローライフが許される世界ならば、私は幸せになれる……?
「確かに……好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きなことを好きなだけできる……。
そんな生活なら、私も幸せになれるかもしれません」
「決まりですね」
女神様は、そうおっしゃりながら、私の目をじっと見つめてきた。
「ただし、神は努力をしないものに、幸せを授けることは致しません。
あなたの望む生活は、あなたの力で手に入れるのです」
そうおっしゃる女神様のお顔は、今までの柔らかいものとは違った。
「え……それって、話が違くないですか!?」
「違いません。
私はスローライフの許される世界に、転生させて差し上げます。
しかし、望んだ生活は、自らの力で手に入れるのです」
自分の力で……?
そんな……死ぬまで働いたのに、また新しい世界で働かなくちゃいけないの!?
「ちょ、ちょっと待って――」
「では、転生の儀を始めます。
きっと、あなたの望む世界に、生まれ変われることでしょう」
「だから、待ってって――!」
そこで私の意識は、途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます