第5話 おっぱいさんのおはなしして

 なぜか子どもはおっぱいが大好き。


 赤ちゃんの頃は唯一のごはんだからだとわかる。

 でも、幼稚園に通うくらいになっても小学生になっても大好きなのが不思議だ。

 聞くと良い匂いがするらしい。

 実際、赤ちゃんは自分の母親の匂いがわかるとか。


 一人の子は、私自身とおっぱいは別人格だと思っていて、たまにおっぱいに悩み相談をしていた。


「おっぱいさん、きいて。ママがおこってた。どうしよう」


 どうもこうも、おっぱいとママは同一人物である。

 でも、もちろん世の中の多くの母親がする通りに、私はおっぱいさんになりきって返事をした。


「大丈夫だよ。嫌いになったわけじゃないよ。ママは○○ちゃんのこと大好きって言ってたよ」


 それだけで納得して安心してくれるのだから、本当におっぱいさんは偉大だ。


 私が叱るとパートナーが尻馬に乗って怒鳴ってくるので、滅多に叱らなかったから、私に叱られたことが相当ショックだったらしい。

 そんな子どもをフォローするのがおっぱいさんなのだ。


 子どもは私の服をめくって「おっぱいさんとおはなしする」と言う。冬は服の中に入り込んで、私にも聞こえない声で、おっぱいさんとぼそぼそ話していた。



 その子が卒乳してから初めての冬のことだ。


 「さいきん、おっぱいさんはなにしてるの?」と聞かれた。


「○○ちゃんが元気に遊んでいるか見に行ってるよ」


「え、きづかなかった」


「こっそり見てるからね」


「どこから?」


「木のかげとか、雲の上からとか」


「へぇー。じゃあ、さむいから、おようふくあげるね」


 子どもは左右のおっぱいに空想上の服をくれた。


「ありがとう。これで寒くないよ」


 それからしばらく後、また「おっぱいさんのおはなしして」とねだられた。


「今日もおっぱいさんは二人で○○ちゃんを見に行きました。ちょっと疲れたので雲の上で昼寝をすることにしました。はっと気がつくと、外はすっかり暗くなっていて、おっぱいさんたちは『ひゃーっ』と飛んで帰りました」


 適当に作ったことがまるわかりな話なのだけど、なぜかこの話をその子は気に入って、ことあるごとに「おっぱいさんのおはなしして」とねだり、「ひゃー」のところで何度も大笑いしていた。


 どこがウケるポイントなのか全然わからなかったけど、しばらくおっぱいさんたちは、冬には服やマントをもらい、夏にはアイスやスイカをもらって、その子を見守るために、あちこち飛び回っていた。


 今思うと、子どもの中では、おっぱいさんはどういう風に想像されていたんだろう?

 私自身、おっぱいさんの具体的な見た目は全然考えないで話していた。

 ボールみたいに丸いのかな?


 飛び回るおっぱいって、リアルだとかなりシュールというかホラーなんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る