*17* 蕾ほころぶ

「と、いうことで! お友だちになったことだし、敬語とか取っ払っちゃおう! オリヴェイラも楽に話してね?」


「あの……わがままを言うなら、わたくしのことは、オリーヴと呼んでもらえると嬉しいわ」


「任せてオリーヴ。これでオッケー?」


「えぇ、えぇ、もちろんよ、セリ……! あぁ、今日はなんていい日なのかしら! 空も飛べてしまいそう!」


 アフタヌーンティーを楽しんでいるうちに、あたしとオリーヴはすっかり仲良しになっていた。

 微笑ましげに見守っていたヴィオさんやリアンさんも巻き込んで、4人でちょっとした女子会だ。

 しゃべっているのは、主にあたしとオリーヴだけど。


「オリーヴは、ふたりのお母さんなんだよね?」


「えぇ。ヴィオとリアンは、わたくしがマザーになってはじめて授かったこどもなの」


「そっかぁ……実はあたしさ、異世界から来たんだ。だからこの世界のことや、マザーのこと……まだよくわからなくて」


 エデン、セフィロト、マザー。

 最低限のことはジュリが教えてくれた。でも、それだけ。


「実を言うと、マザーがひとりじゃないってことも今日はじめて知ったんだ」


 この世界でこどもを生むことができるのは、唯一マザーだけ。ジュリはそう話していた。

 だけど、マザーがひとりだけだとは言っていなかった。

 今になって思い返して、気づいたことだ。


「まぁ、そうだったの……なら、わたくしがこの世界やマザーについて、お教えしましょうね」


 さすがのジュリでも、生まれたばかりのあの子では知り得る知識にも限りがあるだろう。

 そうなれば、特にマザーについて、当事者であるオリーヴ以上に心強い味方はいない。


「あなたも知っている通り、マザーはひとりではありません。ここエデンは5つの大地に分かれていて、それぞれの場所をマザーが守っているの」


 東のアクアリア。

 西のウィンローズ。

 南のイグニクス。

 北のグレイメア。


「そして4つの大地と接する中央に、セントへレムがあります。あなたの屋敷がある、この大地がそうよ」


「オリーヴたちは、普段はウィンローズにいるんでしょ? じゃあこの家は?」


「買いました」


「買ったの!?」


「ウィンローズの屋敷までは遠いですし、あなたをご招待するのに、個人的な別邸が欲しくて……」


「そりゃ思いきった買い物をしたね!?」


「お、女の子のお友だちができると思うと、嬉しくって浮かれていたんですっ! もうっ、今はいいでしょう? 忘れて!」


 オリーヴはそう言うけど、あたしのためにお家が買われちゃうなんて、かなりインパクトのある出来事だった。一生忘れないと思う。

 なんだか微笑ましくなっていると、「は、話を戻しますよ!」と顔を真っ赤にしたオリーヴが、わざとらしい咳払いをした。


「セントへレムは、歴代のマザーの中でも特に強力な魔力の持ち主を多く輩出していることで有名よ。古くからの歴史書にも、そう記されているわ」


「そうなの……? あたしは魔力とか、よくわかんないけどな」


「気づいていないだけよ」


「お母様のおっしゃる通り。その最たる例を挙げましょうか。ジュリ様です」


「ジュリが……?」


「ジュリ様は杖も詠唱もなく、魔法を使っておられました。魔術師が、まして生後間もない幼子があそこまで魔法を使いこなすなんて、到底あり得ないことです」


「ゼノというドールもです」


「ゼノも……?」


「ドールは人間同様の働きを見せますが、それは相応の学習や訓練を経てこそです。聞くところによれば、彼は起動してから1週間と経っていないのでしょう? いくら護衛型のドールとはいえ、私と互角に渡り合う剣術をすでに会得していること自体、異常だ」


「それらの事実が、指し示すことは──彼らの魔力の源であるあなた自身が、優れた魔力を秘めしマザーだということよ、セリ」


 告げられた言葉を、ひとつずつ、ひとつずつ、飲み込んでゆく。

 そうなんだと納得する反面、どうしても腑に落ちないことがある。


「マザーを始めとしたエデンの人々は、5色のうち、必ずどれかの色の瞳を持ってるんだってね。だけど、あたしはこんな色だし……そのせいで、ジュリにも嫌な思いをさせちゃったの。この黒い瞳は、やっぱりいけないものなの?」


「セリ……いいえ、あなたが負い目に感じることはないわ。……やはり、彼が言ったことを気にしていたのね。ごめんなさい」


「えっ、いきなりどうしたの、オリーヴ!」


「街であなたたちを相手に騒ぎを起こした男性は、わたくしの治めるウィンローズの民だったの。本当に申し訳ないことをしたわ。ウィンローズを代表して謝罪します。本当に、本当に、ごめんなさい……」


「謝らないでよ! オリーヴのせいじゃないんだから!」


「その通りです。彼は『色を失いし者』です。先代のマザーが遺した負の遺産まで、お母様が背負われる必要はございませんわ」


 あたしの言葉を継いで声を張り上げたリアンさんは、どこからしくなかった。

 いつも微笑みを絶やさない彼女にしては、感情的というか。


「『色を失いし者』……って?」


「男の瞳の色を、覚えていらっしゃるでしょうか、レディー」


「瞳……」


 ヴィオさんの言葉を受け、記憶を辿ってみる。


「なんとも言えない、変な色をしていたような……」


 それこそ、淀んだ泥水のような。


「彼も、かつては私共と同じ緑色の瞳をしていたことでしょう。けれどあるとき、その瞳を濁らせてしまったのです」


「瞳を、濁らせる……?」


「人としての道を誤ってしまったとき、神霊樹であるセフィロトからの天罰が下ります。徐々に魔力が失われ、瞳の色も濁ってゆく。そうした者たちのことを、私共は『色を失いし者』、もしくは『濁眼クラウディ・アイ』と呼んでいます」


 彼は、先代のマザー・ウィンローズのこどもだった。

 しかし先代が亡くなり、精神を病んでしまった末に、色を失ってしまったのだという──


「それから永い間、亡きマザーの幻影を求め、各地をさまよっていたの。家族を、母の愛情を欲して。わたくしのこどもではなくとも、同じウィンローズの民よ。放ってはおけなかったわ……」


 先代のマザーとの問題なら、きっとオリーヴの力ではどうしようもないことだと思う。

 それでも、オリーヴは自分のことのように心を痛めて、悩んできたんだね。

 ヴィオさんも、リアンさんも、そんな彼女を、そばで見守ってきたんだろう。


「あの男性は、今どこに?」


「ジュリ様の魔法を受け、身動きの取れないところを、私共ウィンローズ騎士団が拘束いたしました。現在はローゼリアン大聖堂にて療養を。『濁眼クラウディ・アイ』は不治の病のようなものですから、気休めではございますが」


「そうですか……」


 あたしが傷つけられてジュリが暴走したように、マザーとこどもには、とても密接な繋がりがある。

 きっと、今まであたしが想像していた以上に。


「でも、これだけは忘れないで。セリ、あなたの瞳と『濁眼クラウディ・アイ』は、まったくの別物なの。星のまたたく夜空のように澄んだ漆黒の瞳は『夜眼ナイト・アイ』と呼ばれ、吉兆の兆しとされているわ」


「『夜眼ナイト・アイ』のマザーが現れたとき、世界はこの上ない幸福に満たされると、エデンの伝承には謳われているんですのよ」


「あなたはセントへレムのみならず、エデンの、この世界に生きる我々の希望なのです。どうか自信をお持ちになってください」


「オリーヴ、リアンさん、ヴィオさん……」


 優しいペリドットのまなざしに見つめられたら、あたしをがんじがらめにしていたものが、ほどかれゆく。

 みんなの言葉のおかげで、ずっと胸につっかえていたものがなくなった気がする。


「ありがとう!」


 こうして話ができてよかったって、心の底から、そう思えたよ。

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